第33話 兼継恋愛イベント其の一「越後花言葉」3 ~桜姫視点~

 

 翌日は雪村ではなく、兼継の邸の侍女が花を届けにきた。


 お前はゆうべ、兼継の邸で何をした? 燃料を投下すんなと忠告せねばと、雪村を待ち構えていたんだが。そういう時に限ってこのザマだ。

 ちなみに届いた花は、白粉花おしろいばなだった。


「白粉花の種はお化粧に使えますのよ。きっと兼継様は、姫さまがより美しくなるように願われたのですわ」


 侍女衆じじょしゅうは必死でフォローしてきたが、単に花言葉をうまくこじつけられなかったんだろう。


 白粉花の花言葉は『臆病』『内気』そして『恋をうたがう』。


『恋の芽生めばえ』に対しての答えがこれだ。

 何かおかしくない?

 乙女ゲームってのは、もう少しデレデレ恋愛していて甘々じゃないのか?

 様子見ようすみのつもりだったけど、ホントにこう返してくるとは思わなかった。


 いや、ゲームの兼継も序盤は素っ気なかったじゃないか。

 もう少し様子を見るべきか?

 この花だって、本気なのかを問う意味だと取れなくも無い。


 そんな事を考えていたら、兼継のとこの侍女が、中年侍女に顔を向けた。


「お返花へんかがあるのでしたら、また明日うかがいますが。如何いかがいたしますか?」

「雪村はどうしたのですか?」

「兼継様の使つかいで今朝、慈光寺じこうじへ向かいました。しばらくは戻られないかと」


 俺の疑問を中年侍女が代弁すると、お使いの侍女は少し首をかしげた。

 こちらに伝言ことづけはなかったのですか? と言わんばかりだ。

 

 俺と中年侍女は 顔を見合わせた。



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出掛でがけにこちらに寄ることも出来たでしょうに。雪村らしくないですわね」

「……別に雪村は、わたくしの家臣という訳ではありませんから。父上様のご遺言に忠実なだけです。ここまでしてもらえるだけで、本当に有難ありがたいと思っていますわ」


 謙虚けんきょに微笑みながらも、俺は少し反省していた。

 やっぱり他の男のイベントに、雪村を使うのは配慮はいりょが足りなかったか。

 雪村が気にしなくても、兼継が気にしたんだろう。


 よし! ごちゃごちゃ考えるのも面倒だ。花を選んだら俺が直接、兼継のところに持って行こう。

 あいつはいつも御殿となりで仕事してるんだから、よく考えたらすぐそこじゃん。



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 白粉花の返花には、やっぱり侍女衆の間でも動揺どうようが広がったらしい。


「姫さま、何か誤解があるのかも知れませんわ。何かそのような意味の花を贈って様子見ようすみをした方が」


 誤解も何も。俺が紫丁香花むらさきはしどいを贈ったせいで雪村が乱心したって、お前らゆうべ言ってたじゃないか。

 兼継もそう思ったんだろうよ。あいつは「紫丁香花を贈れ」ってアドバイスしたのが侍女衆だって知らないからな。 俺を全面的に悪女扱いだよ。



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 冊子とにらめっこして吟味した結果、俺は屁糞葛へくそかずらを贈ることにした。

 ヘクソカズラですって。すごい字面じづらだな。

 ちなみに花言葉は『誤解を解きたい』。そこは侍女衆の意見を取り入れた。


「今から花を持って御殿ごてんに乗り込む」と討ち入り宣言をしたら、侍女衆は全力で止めにかかったけれど、俺はかいさなかった。

 ムカつく花を返してくる事にも一言いいたかったし、直接、屁糞葛をたたきつけてやりたいってのもある。

 

 こんな名前だけあって この花、けっこうくさいんだ。


 ずかずか廊下を歩く俺を見て、家臣たちが驚いた顔で道を開ける。

 俺は花を握りしめ、執政しっせいの仕事部屋だというまつへと乗り込んだ。



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「姫、ここは越後の国政こくせいに関する業務を行う場所だ。影勝様の義妹御いもうとごとはいえ、遊び場と勘違いされては困る」


 涼しいを通り越した冷たい視線で、兼継が向き直る。

 正論にぐうのも出ないが、ここでひるむ訳にはいかない。


「雪村が来てくれないから、自分で来てしまったわ。雪村はどうしたの?」

「雪村には使いをたのんでいると、代わりの者が言いませんでしたか。そもそも雪村は姫の従者ではない。少々甘えすぎでは?」


 自分でそう思っていても、他人に言われると腹が立つな。

 俺はつんと顔をらして反論した。


「それを言うなら、雪村は兼継殿の家臣でもないわ。なぜお使いを頼むの?」


 俺と兼継の間に、吹きすさぶブリザードのような冷気が満ちる。

 俺は軽く後悔こうかいした。

 空気がこおり付きすぎて、顔を兼継の方に戻すことが出来ない。


 売り言葉に買い言葉で言っちまったが、これはアレだ。

 雪村に花の使いをさせまいと、桜姫から引きがそうとしたんだ。

 いまさら気づくなよ、俺。



 どれくらい時間が過ぎたか、兼継がふとわらう気配がした。


「雪村が戻る前にすべて終わらせたい。期限は三日だ。その花が姫の返事だな?  別に解くような誤解もないが、私からはこれを返す」


 立ち上がった兼継が、とこに飾られていた花の中から一輪を手に取り、無造作むぞうさに俺に差し出す。


「姫がお帰りだ。奥御殿おくごてんまでお送りしろ」


 右手に屁糞葛へくそかずら、左手にもらった花。

 やんわり部屋から追い出され、俺はとぼとぼと奥御殿へと戻った。


 押しつけそこねた 右手の花がくさい。



 ***************                *************** 


 戻ってから調べてみると、返された花は鳳仙花ほうせんかだった。

 花言葉は『私にれないで』。


 ……桜姫は主人公で、ここは乙女ゲームの世界なんだよな?



 兼継イベントのはずなのに

        攻略対象が、容赦ようしゃなさ過ぎる。




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