第11話 雪村恋愛イベント其の一 勃発

 

 兼継が帰った後、私は兄上に呼ばれた。

 やっぱり兼継の用件は、桜姫に関しての事だったみたいだ。


 桜姫は武隈の姫でもあるけど、当然、上森の姫でもある。

 そして剣神公が亡くなった時、枕元に毘沙門天が現れた事で、剣神公は『軍神』として神格化されている。

 その娘である桜姫は『神の子』になるから、今後、桜姫を利用したい勢力が出てこないとも限らない。


 ちなみに御館おたての乱の時も、危うく巻き込まれるところだったらしい。

 姫の存在がおおやけになった直後、兼継が影勝かげかつに「『剣神公の直系』など、後継者争いの格好の好餌だ。剣神公の甥として、姫の従兄弟として保護すべきです。陰虎かげとらに獲られる前に姫をめとり、上森の血統こそ正統な後継者であると主張しましょう」と進言したけれど、影勝に「神子姫を世俗せぞくの争いに巻き込むな」とたしなめられたそうだ。


 そして御館の乱が勃発ぼっぱつし、案の定、陰虎かげとらが姫の身柄を確保しようと動いたけれど。その頃は、雪村が甲斐に連れ去った後だった。


「間一髪だった。桜姫の身柄を抑えられては、本当に不味かったのだ」


 逆に兼継に礼を言われたと、兄上が言っていた。


『上森の姫』に誘拐じみた事をして、怒られなかったのは良かったけれど。

 兼継……影勝に姫を娶らせたら、天にかえせなくなるじゃないのさ……

 

 モデルになった直江さんも忠臣設定だけど、本当に兼継は影勝の事になると、他がどうでもよくなるな! 

 自分のエンディングフラグまで折ろうとするなんて、やりすぎだよ。


 まあそれは置いておいて。


 今回、兼継が尋ねてきた理由は、影勝からの伝言を伝える為だった。

「信厳公の喪が明けるまでは現状維持でよい。だが桜姫は上森剣神の娘である事を、くれぐれも忘れるな」と。


 上森は大大名だいたいみょうだから、信厳公が亡くなった今、頼れる存在がいるというのは心強い。

 後継の克頼と真木は、あまり上手くいってないから。



 ***************                *************** 


 小刀で羽根の形を整えて、はしを器用に削っていく。

 上手く飛ばすには角度にコツがいる。

 器用に動く自分の手元を見ながら、私は感心していた。


 私は今まで、一度も竹とんぼなんて作った事はない。この知識と器用さは、雪村のものだ。

 そばでは目をきらきらさせた男の子たちが手元を覗き込んでいる。

 先日の「また今度」を社交辞令とは取らなかった子供たちは、桜姫と出かける途中だった私を捕まえ「竹とんぼ作り」の依頼を再チャレンジしてきたのです。


 もう断れない。

 きっと雪村は、あんな社交辞令は言わない人だったんだろう。偉いなあ。


「ほら出来た。武術もそうだが、こういうのはきちんと見て覚えるんだぞ」

「ありがとう、兄ちゃん!」


 竹とんぼを手に駆けだして行く子供たちを見送って、私は後ろを振り返った。

 私の斜め後ろでは、桜姫が何やら考え込んでいる。


「お待たせしました、姫。では参りましょうか」


 今日は桜姫を、適当に花が咲いているところを案内する予定だ。

「適当に」なんて、やる気のなさがれているところは勘弁して欲しい

 とうとう雪村ルートしょっぱなに発生する恋愛イベント【信濃しなののきれいな場所】のフラグが立ってしまったのだ。

 まだ美成には、会ってすらいないというのに……ッ


 このイベントは『上田にいる期間』にだけ発生する、期間限定のイベントで、

「甲斐に戻る前に、ぜひ信濃の美しい場所をお見せしたい」と雪村が桜姫をデートに誘うイベントだ。


 ちなみに私は、姫を誘っていない。


 好感度が、それなりに溜まっている自覚はあったけれど、恋愛イベントの発生は、しばらく抑えたいと思っていたからだ。


 私にとって『恋愛イベントを進める』事は イコール死へのカウントダウン。


 当然やりたくない。

 なのに姫の方から「甲斐に戻る前に、雪村が生まれた場所を見ておきたいわ」と、お誘いが入ってしまったのだ。


 なに? その断りづらい台詞セリフ



 +++


 ――街道から逸れた森の中、木々の間をしばらく進むと、野原があります――

 

 普通なら足を踏み入れなさそうな森の奥。

 雪村に教えられて案内したその場所には、色とりどりの花が咲き乱れていた。


 地上に虹がかかったみたいだ。

 見惚れる私の隣で、桜姫が可愛らしい歓声を上げる。


「すごい! こんなに綺麗な場所は初めてだわ!」

「喜んでいただけて良かったです。ここに他人を案内するのは初めてですので」


 うふふと笑いながら、桜姫がくるくる回ってはしゃいでいる。

 ちょっとあざとい感じもするけど、男の人なら可愛いと思うだろうな。

 まったりと桜姫を見守る私の中で、雪村もほんわかしている気配がする。


「雪村、見て?」


 桜姫が たんぽぽの綿毛をふうふうしている。

 ふおお、なにそのあざと可愛さ!? 

 主人公姫が、本気で攻略に乗り出してきましたよ!


 しかしこちらも自分の命が掛かっている。

 そう簡単に、攻略される訳にはいかない。

 私は桜姫のそばに膝をつき、黄色い毬みたいなたんぽぽに触れた。


蒲公英たんぽぽには『神託しんたく』や『真心の愛』『別離』といった意味の花言葉があるそうです。後は……そうですね、これなど」


 私はそばに咲いていた青紫の花を摘んで、桜姫に差し出した。


「これは紫苑しおんです。紫苑は根を乾燥させると鎮咳去痰ちんがいきょたんに効く薬になります。使うときは桔梗ききょう杏仁きょうにんなどを一緒に配合するそうですが」

「すごい、詳しいのね」

「兼継殿の受け売りです。越後に居た頃に教えていただきました。そうだ」


 私はふと思いついて、桜姫に微笑みかけた。


「今度、越後に行ってみませんか? こちらの世界には『夏桜なつざくら』という、夏に咲く桜があるのです。越後の山中は寒いので、秋になっても咲いているそうです」


 異世界には現世と違うものが多々あり、『夏桜なつざくら』というのもそのひとつだ。

 文字通り夏に満開を迎える桜で、越後の山中でしか見られない。


 そうだ、兼継に姫の案内をしてもらおう。

 兼継の【恋愛イベント其の一】も花絡みだった筈だから、その前後のタイミングで連れて行けば仲が深まりそうだよね。

 心の中でうんうんうなずきながら、そっと桜姫の手に紫苑を握らせる。


 花の方は薬効やっこうがないからいらない。



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