第12話 雪村恋愛イベントと次の約束 ~桜姫視点~


 ゲームでは、自己紹介くらいで好感度の上がり下がりはない。雪村以外では。


 とは思うんだが、何ていうかこう…… 俺の営業努力が実っていないというか? 男どもの受けが悪い気がする。


 おかしいな。桜姫は超絶美少女だ、ルックスは問題ない。

 守ってやりたくなるような繊細な女も、男受けしそうなあざと可愛い女もダメって、ここの奴らはいったいどうなっているんだ。


 俺は竹とんぼを作っている雪村の後ろ姿を眺めながら、真剣に検討していた。


 まず、好感度を稼がないとイベントは起こせない。

 今のところ、多少なりとも好感度を稼げているのは雪村だろうが、こいつも一向にイベントを起こしてくる気配がない。


 雪村の恋愛イベントいちは【信濃しなののきれいな場所】。

 せっかく上田に居るのに、なぜこいつは「甲斐に戻る前に、ぜひ信濃の美しい場所をお見せしたい」と誘ってこないんだ。

 この恋愛イベントは場所限定なんだぞ? 明日には帰るというのに、何を焦らしているんだよ。

 つい俺の方から「雪村の故郷を見てみたいわ」と誘ってしまったじゃないか。



 そんな感じの力業ちからわざで 恋愛イベントのフラグをたててみたが、途中で子供たちに捕まってしまい、現在、雪村お兄さんは子供たちに頼まれた竹とんぼを工作中だ。


 俺の誘いを二の次にしているあたり、雪村相手でも恋愛イベントへの道は、まだまだ遠そうだ。

 俺にとってはデートでも、雪村は『うしろでチワワが散歩待ちをしている』程度にしか思っていないのかも知れない。



 ***************                *************** 


 雪村に連れて行かれた場所は、花が満開に咲いている野原だった。

 こんなに綺麗に咲いているならちゃんと誘えよ! 俺、お花畑がお似合いの超絶美少女よ? 

 くそ、俺のプライドにかけて このままでは済まさない。


 可愛くはしゃいでくるくる回り、そばに咲いていたたんぽぽを引きちぎって、綿毛をふうふうしながら、雪村にアプローチしてみる。


「わたしカワイイでしょ」アピールの決定版だ。

 さあ、俺の全力を見るがいい。

 これで駄目なら、俺の女子力はにだ。


 俺の情念が通じたのか、雪村がふわりと微笑み、かたわらに膝をつく。

 こ、これは…… 今まで見た事が無かった展開だ!

 さあ来い、恋愛イベント!!


 しかしその後、


 雪村は、たんぽぽについてのうんちくを語り始めた。



 +++


蒲公英たんぽぽには『神託しんたく』や『真心の愛』『別離』といった意味の花言葉があるそうです。後は……そうですね、これなど」


 雪村のうんちくが続いている。


 愕然がくぜんとしている俺には気付かないのか、雪村はたんぽぽに続いて、そばに咲いていた青紫の花を手折って差し出してきた。


 あ、これ、俺が初めてこの世界に来て輿酔こしよいしてた時に、雪村が渡してきた花束の花じゃないか? 

 別に珍しい花じゃない。そこらに普通に咲いている野花だ。

 ぼんやりと見つめている俺に、更にうんちくは続く。


「これは紫苑しおんです。紫苑は根を乾燥させると鎮咳去痰ちんがいきょたんに効く薬になります。使うときは桔梗ききょう杏仁きょうにんなどを一緒に配合するそうですが」


 なるほど。酔い止めじゃなかったのか。というか今の俺が欲しいのは、この朴念仁ぼくねんじんをその気にさせる媚薬びやくか何かだよ、こんちくしょうめ。


「……すごい、詳しいのね」


 討ち死に寸前のおべんちゃらは、奴に届いただろうか。


 しかし最後のおべんちゃらで、好感度が上がったらしい。

 にこにこ微笑みながら野花の説明をしていた雪村が、ここでまさかの台詞を繰り出してきた。


「今度、越後に行ってみませんか? こちらの世界には『夏桜なつざくら』という、夏に咲く桜があるのです。越後の山中は寒いので、秋になっても咲いているそうです」


 そう言って、青紫の花を俺に握らせてくる。


 ……デートか? 俺をデートに誘っているのか!?

 チワワ好きの朴念仁がやっとデートに誘ってきた!

 九死に一生。俺のHPはもうカッスカスだ。



 一瞬、雪村の台詞に何となく違和感を持ったけれど。

 その時の俺は、どこにそれを感じたのかまでは気付けなかった。




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