第9話 兼継再会


「雪村兄ちゃん、竹とんぼが壊れちゃったよ。また作って!」

「作り方を教えただろう? お前がしっかりと覚えないと、小さな子たちに作ってやれないぞ」

「俺が作っても、兄ちゃんのみたいに飛ばないよ」


 今日は客が来るからまた今度な。そう言って頭を撫でると、子供たちは聞き分けて駆け出していく。

 それを見ていた桜姫が、控えめに微笑んだ。

 子供たちを見送る眼差しも優しげだ。


「雪村は子供が好きなのね」

「はい。いずれはあの子達も大人になるでしょう。このような時代ではありますが、せめて今は、子供らしい時間が過ごせればと思っております」


 私も微笑み返して模範解答をする。

 あまり好感度が上がりそうな事は言いたくないけれど、私の中の『雪村』が本当にそう思っているのだから仕方がない。


 雪村、いい奴だな……と、私からの雪村への好感度も上がりそうですよ。



 +++


『カオス戦国』は乙女ゲームだから、イケメンがたくさん出てくる。

 そしてプレイしていると、やっぱり『推し』が出来る。

 雪村を褒めた後でアレですが、私の『推し』は加賀清雅かがきよまさという肥後ひごの大名だ。

 理由は声が好きだから。


 でも清雅は攻略対象じゃないし、雪村の天敵みたいなキャラなんだよね。

【虎狩り】と【治癒】のスキル持ちだから、炎虎を使役つかう雪村とは相性が悪い。

 そしてHPが減ると自力で回復する、やたらと厄介な敵だ。


 あれ? 他人事みたいに考えていたけど、今は私が『雪村』だから、清雅と戦う事になったら苦労するのは私って事か。

 推しキャラには会いたいけど、戦いたくないなぁ。

 武断派だから強いんだよね、清雅。


 そんな事を考えながら子供たちを見送っていると、ふと視線に気が付いた。

 街道に、馬の手綱をとった若い男の人が立っている。


 すらりとした長身、整った顔立ち。センターパートの漆黒の前髪がさらりと揺れて、涼しげな瞳がこちらを見ている。


 直枝兼継なおえだかねつぐだ。


「兼継殿!」


 ぶんぶんと手を振りかけて、慌てて手を上げるだけに留める。

 私が思っているよりずっと、『雪村』は兼継に会えたのを喜んでいるみたいだ。


 直枝兼継は、越後えちご大名・上森うえもり家の執政しっせい

 頭脳明晰ずのうめいせき容姿端麗ようしたんれい、主君の上森影勝うえもりかげかつには絶対服従。

 実は愛染明王あいぜんみょうおう憑依ひょういしているけれど、前当主の上森剣神うえもりけんしんが『毘沙門天びしゃもんてん化身けしん』を自称して厨二扱いされていたので、正体を隠している。……というキャラ設定だ。


 ゲーム中は全然そんな事を匂わせてなくて、エンディング近くになっていきなり「実は……」と言い出すので「愛染明王だと? それならゲーム中で、その設定を生かせよ!」「愛染明王のくせに戦に負けるなよ!」とプレイヤーの総ツッコミを受けたキャラだ。


 まあそれは置いておいて。

 雪村は十~十五歳までの五年間、人質として越後に来ていた。そしてその時の世話役が兼継だった。

 それを知った信倖が「雪村おとうとをよろしく」と、兼継宛てにふみを出した事が切っ掛けで二人は知り合った、とゲーム中で説明されている。


 人質といっても可愛がられていたようで、信倖よりも雪村の方が霊力が高いのは、兼継に鍛えられたからだそうだ。

 ただ、雪村は「いずれ上森に仕官したい」と思っていたのに、ある日突然、真木に戻されてしまったのが引っかかっているみたい。


 いつも雪村にはお世話になっているし、教えてあげられるならそうしたいけど。

 生憎そこらへんはゲームでも触れられていない。


 おっと、そんな事を考えている場合じゃなかった。姫を兼継に紹介しなきゃ。


「姫、こちらへ」


 私は姫が転ばないように、小さな手を取った。



 ***************                *************** 


 そう言えば、桜姫を勝手に越後から連れ出してしまった事を、まだきちんと謝罪していなかった。

 ひととおり自己紹介が終わった所で、私は兼継に頭を下げた。


「上森家に伺い、許可を取るべきだったのですが。信厳公の容態が悪く、気がいておりました。不義理を働き申し訳ありません」

「いや。当時はこちらも立て込んでいてな。真木に保護されて、逆に助かった。……信厳公は間に合ったのか?」

「はい」


 立て込んでいた件とは『御館おたての乱』だろうか。

 桜姫が見つかった直後の上森家は、後継者争いが起こっていた時期だ。


 本来の『御館の乱』は、謙信が後継者をはっきりと決めずに亡くなった事で勃発した、二人の養子の後継争いのこと。

 結局、甥の景勝かげかつが北条から来た景虎かげとらに勝って収束するけど、上杉弱体のきっかけになった戦のはず。

 こっちの世界ではどうなったのか気になって、私は探りを入れてみた。


「影勝様と陰虎様は……?」

大事だいじない。越後の神龍れいじゅうが影勝様を選ばれた。それと前後して相模では、氏靖うじやす殿の遺言書が見つかってな。『剣神公亡き後は陰虎様を相模に戻し、霊獣と家督かとくを継がせるように』との内容だった。今は相模に戻られている」


 相模さがみ大名・東条氏靖とうじょううじやす公は信厳公や剣神公と同世代で、霊獣『獅子』を使役する『相模さがみ獅子しし』と呼ばれた名武将だ。

 どうやら息子たちの中で、一番霊力が高かった陰虎様を「獅子を使役しえき出来る程度に育てて欲しい」と剣神公のところへ養子に出した、という事らしい。


 御館の乱も日本史と結末が違うのか。

『霊獣が居る世界』ってだけで、こうも変わるものなのかなぁ。


 霊獣はあるじを選ぶから、たとえ跡取りでも霊力が高くなければ従わない。

 信厳の息子や信倖の霊力では、従える事が出来なかった。

 けれど雪村に『炎虎』が従ったから「真木に霊獣下賜」の流れになったそうだけど、兼継に鍛えられていなければ、炎虎は下賜されなかったかも知れないのか。

 それを考えると、雪村は兼継に頭が上がらないなあ。


 ……と、そこまで考えて私は我に返った。

 しまった。またうっかり考え込んでしまった。


 慌てて顔を上げると、兼継が真剣な表情で桜姫を見つめていて、桜姫がきょとんとした可愛らしい顔で首を傾げている。


 イケメンが真剣な顔をすると迫力があるな。

 桜姫は、コレは怖くないんだろうか。


 とりあえずここは兼継と桜姫、両方にお互いのいいとこを売り込んでおくべき?

 今後の事も考えて。

 桜姫については私もよく解らんので、とりあえず姫に、兼継を売り込んでおこう。

 山奥の尼寺とはいえ、越後に居たのだから『義兄あに上の右腕で 越後の執政しっせい』って事くらいは知っているだろう。


「桜姫、兼継殿はとても頼りになる方ですよ。霊力も高くてお強いですし、わからない事など無いのではと思うほど博識です」

「そうなの? 素敵ね」


 ぱっと花がほころぶような笑顔で、桜姫が兼継を見つめている。

 これが館 正宗たてまさむねなら「いやあそれほどでも。もっと褒めろ」くらい言ってきそうなところだけど、兼継は真面目だからそういう事は言わない。


 そうだ。真面目だから、あまり序盤で色ボケしたような選択肢を選ぶと、容赦なく好感度が下がるんだった!


 にこにこ笑っている桜姫に反比例するように、兼継の表情が胡散臭いものを見る目に変わっていく。

 まずい。初見の相手にこの態度は珍しいぞ。


 よし、売り込むのはこれくらいにしておこう。

 何気なにげに状況がヤバい





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