第7話 煩悩の姫はバッドエンドを回避する ~桜姫視点~

 

「姫、落ち着かれましたら炎虎に移りませんか? 見た目は厳めしい虎ですが、元は父君であられる武隈信厳公の霊獣。姫にも懐きましょう。それに輿よりも揺れませんし、甲斐にも早く到着できます」


「輿より揺れない」

 その一言で、俺は虎に乗る事を承諾した。



 +++


『花押を君に』。俺はまた、この世界に来ている。


 どうやら眠っている間に来ているようだが、目が覚めた途端に、この夢だか現実だか解らないここでの出来事は すっかり忘れてしまう。

 だから起きている時に「この事態に備えて、ゲームを出来るだけ進めておこう」とならないのだ。


 ちなみに今は、4章後半までゲームを進めている。

 男の俺が『乙女ゲーム』を楽しめるだろうかと思っていたが、戦闘パートが意外と歯ごたえがあり、それなりに面白い。


 そして俺は、この状況を少し楽しみ始めてもいる。

 だって男の俺が『女』を体験できるんだぞ?


 よし、わたくし、完璧な『桜姫』を演じきってみせますわよ。



 ***************                *************** 


 甲斐に着いてからは、信厳に会ったり信厳が死んだりいろいろあって、現在の俺は部屋に引き籠っている。


 何と言っても今の俺は、『両親を失った薄幸の美少女姫』なのだ。

 さあ男どもよ、俺をなぐさめに来るがいい。


 ……と言っても今のところ、雪村が見舞いの花を持ってくるくらいが関の山だ。

 俺は侍女に用意させた、てんこ盛りに盛られたもちを前に腕を組んだ。


 ゲーム中でも、このあたりはまだ序盤。

 そもそも兼継かねつぐ美成みつなりには、出会ってすらいないんだからな。

 まだ慌てる時間じゃない。


 それ以前の問題としてだ。……この桜姫、やたら体力がない。

 少し歩いただけですぐに疲れて、雪村が抱き運ぼうとするくらい体力がない。

 そしてその雪村だが、べったべたに桜姫を甘やかしているくせに、いまいち好感度を稼げている気がしないのはどうした事だ。


 花を届けてきた時に、うっかりを装って手を握ってみても、抱き上げられた時に首に腕をまわしても、にっこり笑ってスルーする。

 動揺もしなけりゃ 頬を染めたりもしない。


「姫は可愛いですね」とリップサービスはしてくるが、挨拶みたいなノリだ。

 こいつ、俺をチワワか何かと勘違いしているんじゃないだろうか。


 それじゃ困るんだ。


 何故かって? そりゃあ一応、全員に会ってから決めるつもりではいるけど、今のところ、誰を攻略したいかと言われたら雪村こいつだからだよ。


 ……うん。まあ、こう言っちゃアレなんだが。

 せっかく女になったんだし。この世界が18禁乙女ゲームの世界だというならば、女の身体でエロ体験をしてみたいと思う。

 男では絶対、経験できないからな!


 だったら、エロが無いらしい兼継は問題外。

 男のツンデレには萌えないので、美成も却下。

 信倖は、桜姫と雪村が一緒に居ることが多いせいで、好感度が稼ぎづらい。

 

 それなら、最初から桜姫の事が好きそうな雪村でいいか、と思ったんだが……

 案外こいつが、一番手強いのかも知れない。


 くそ! 超絶美少女・桜姫の色香が通用しないとは。いざとなったらこちらから押し倒……いや18禁ゲームにのっとった実力行使もやむを得まい。

 そのためにはまず体力作りだ。


 決意も新たに、俺はもりもりと目の前に置かれた餅を頬張った。

 現代の餅よりも、やたらと歯ごたえと弾力が……


 うっ……!?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る