第6話 戦国武将に転生するとイロイロと大変です


「雪村おかえり。間に合って何よりだよ」

「兄上、ただいま戻りました」


 信厳公(雪村に「敬称をつけて下さい」と言われました)の部屋を辞し、桜姫にとっては兄になる克頼かつより様にも挨拶を済ませて部屋から出たところで、今度は雪村の兄・信倖のぶゆきに会った。

 後ろに居る桜姫が見えるように立ち位置をずらして、信倖に紹介する。


「これから挨拶に向かおうと思っていたのですが。兄上、こちらが桜姫です」

「お初にお目にかかります。雪村の兄、真木信倖さなきのぶゆきです。弟が越後に居た頃はお世話になったそうですね。話はよく聞いていました」



 真木信倖は、真木家の当主で雪村の兄。

 性格はおっとりしていて優しい。……けれど個別ルートに進んだ途端とたんに、他の女と結婚してしまうという、誰得だれとくな展開が待っているので、ファンの評価は分かれるキャラだ。


 穏やかに微笑んで自己紹介をする信倖兄上。

 しかしそれのどこが怖いのか、桜姫は私のそでを掴んで後ろに隠れてしまった。


「姫?」

「申し訳ない、驚かせてしまったかな? 生まれてからずっと尼寺育ちだと聞いています。いきなり世俗せぞくに出ては戸惑いますよね。雪村、姫をよくお守りして」


 気を悪くするでもなく、兄上はゆったりと笑う。


「姫は人見知りで……兄上、申し訳ありません」

 

 桜姫は私が思っていたよりずっと内気だけど、信倖はゲームでの印象通りだな。

 そんな事を思いながら振り返り、私は内心ぎくりとした。


 袖の陰から兄上を見つめる桜姫の目が、値踏ねぶみをするように 鋭く見えたから。


 視線に気づいたのか桜姫がはっとした顔になり、はにかみながら控えめに笑う。

 見間違いかな? 私も曖昧あいまいに微笑み返す。


「やっぱり幼馴染なだけあって、雪村には懐いているね」


 優しく笑う兄上にも、私は曖昧に微笑んだ。



 ***************                *************** 


 桜姫付きになる侍女に引き継ぎをし、私は真木邸に戻ってきた。

 いくら幼馴染でも、男にいつまでも付きまとわれては姫も落ち着かないだろうし、何より桜姫は武隈の姫だ。



 初めて入る雪村の部屋は、物が少ない すっきりとした部屋だった。

 とこには、ピンポン玉くらいの赤い宝玉が置かれている。

 綺麗な石…… 手に取ろうとした私の中で、雪村の意識がささやいた。

 

 ――ほむらの依り代になっている 赤虎目石あかとらめいしです――


 普段は浅間山山頂にあるほこらに祀ってあるけれど、祠を修繕するって事で、一時的にここに置いているらしい。

 こっちの知識が少ない私に、雪村の意識がいろいろと教えてくれる。


 ゲームでは、恋愛の事だけ考えていれば良かったけれど、転生して、雪村いまの立場になるとそうもいかない。それに……


「継ぐ家も仕官先も無い真木の次男坊は、霊獣を下賜されたのがよほど嬉しかったと見えるな」


 先刻目通めどおりした武隈の時期当主・武隈克頼たけくまかつよりには、散々嫌味いやみを言われてしまった。

 ぐったりと気疲れしている私に、雪村の意識が伝えてくる。


 ――武隈の霊獣ほむらを従える事が叶わなかった克頼様は、真木に対する当たりが強いのです。もしも信厳公が身罷みまかられたら、真木も今後の身の振り方を考えなければならないかも知れない。

 しかしそのような事は、当主の兄が考えるので心配いりません――


 あんなに酷いことを言われたのに、雪村はあっさり聞き流している。

 嫌な話だけど、もしかしたら言われ慣れているのかも知れない。


 そういえば。今更だけど、私はふと気になった。


 当主が信倖のぶゆき

 お父さんはどうしたんだろう。関ヶ原前なら、日本史ではまだ生きていた筈だ。


 異世界だからかもしれないけれど、この世界は日本の戦国時代と 少し違う。



 +++


 信厳公が大量の喀血かっけつをして身罷みまかられたのは、姫が甲斐に来て二日後の事だった。

 




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