第47話誠実な音楽


「なんか前よりおっきいとこだね」


 会場に入ると、有華がそう言った。確かに今日の会場は今までで一番大きな場所かもしれない。チケットが売り切れていたり、前回もかなり人が入っていたから新美さんが大きなところを手配したのかもしれない。


「それにさ、SNSでも結構動画掲載されててなんか前より気合入ってるよね」

「……やっぱりそう感じる?」


 だとするなら、流石という他ない。新美さんの采配は上手くいっているのだろう。私は有華が見せてくれたアカウントの動画を覗く。そこにはもう先月のライブ映像が載っていて、更に遡れば知らない路上ライブの映像もあった。それもかなりの頻度だ。ライブやそれに向けた練習の合間に、こんなこともしていたのか。これなら確かに、奏の言う通り遊んでいる暇などないのかもしれない。


 そもそも、奏は答えたくないことは曖昧に濁して答えようとしない面はあれど、嘘をついて誤魔化す人ではない気がする。それも踏まえれば、奏の言葉は全て本心なのだと思う。

 

「奏ちゃん可愛いってコメントきてる」

「え」


 有華の言葉に視線を戻せば、知らないアカウントからそういったコメントがちらほらきている。そうか、別に知り合いでなくてもこういうことが出来るのか。湊くんや千羽さん、音楽そのものへのコメントもあるけれど、奏への言及が一番多い。


「ふうん」

「人気者だねー。 今日だってお客さんもうほとんど満員じゃない?」


 振り返れば、たくさんの人が始まるのを待機している。今日のトップバッターは奏たちだ。最初からこんなにも人がいるのはきっとすごいことで、もしかしたら本当に奏たちは有名になったりするのだろうか。

 照明が暗転して、小さなライトだけの灯りの下、奏たちが入ってくる。沸き立つ歓声に手を振る彼女らはなんだか余裕さすら垣間見えた。いつものようにチューニングして、そして会場が静まり返る。


 ずっと聞いている歌声、ずっと聞いている音。それでも、前よりももっと綺麗に聞こえてくる。伸びる声は更に力強く、高音は更に美しく、その境さえも綺麗につながれていく。彼女はちゃんと、まっすぐに音楽に向き合っているのだろう。そう実感するような歌声だった。


「言の輪です! よろしくおねがいしまーす!」


 沸き立つ歓声の中で、彼女の視線がこちらを向いた気がした。軽やかに笑うその表情は、私に向けられたものなのかは分からない。彼女は一曲目の歌紹介と、バンドメンバーの紹介を慣れた様子で進めていく。


「言の輪、って私がつけたんですけど……言葉が、音楽が、色んな人と縁を繋いでくれて、それでその輪がどんどん広がったらいいなって今も思ってます。だから、今日初めて私たちを知った人もずっと応援してるよって人も、今日は楽しんでください」


 そう言って始まった次の曲は誰もが知っている有名な曲で、観客の歓声が一際大きくなる。ライブ毎に本当に色んな曲を演奏している。これも、今回初めて聞く曲だ。男性ボーカルの曲に合わせて低音の多いこの曲でも、奏はとても楽しそうに歌っている。音楽に向き合う姿は、いつだってまっすぐだと思う。


 その後も盛り上がる曲が多めに構成されたセトリもあって、出番が終わる頃には会場はすごく盛り上がっていた。大歓声と拍手の中手を振りながら皆がステージをはけていく。会場の照明が明るくなっても、歓声は余韻のようなざわめきとして残っている。


「なんかすごい良かったね」


 興奮気味に有華が言う。前に聞いた時より知っている曲が多かったこと、曲のつなぎ方など感想を聞いていると、関係ない私まで誇らしいような気持になってくる。これがファン心理なのだろうか。私的にはもう少し奏たちが作った曲を聞きたかったけれど、盛り上がる曲が多いのはかなり意図的に思うし、その戦略はこうして好評のようだ。


「デビューとかするのかな」

「あー……一応目指してはいるみたい」


 この後の打ち上げで新美さんと会うかもしれないけれど、私から言うのはやめておこう。


 会場を出ると奏から連絡が来ていた。私がいたことはちゃんと見えていたらしいこと、それを見て嬉しかったこと、その文面に思わず頬に力を込める。こういうことは元々言う人だったけれど、この文面の意味も少し違ってくる。すぐに私に送ってくれることも、これも、私が特別だからと言われて、少しずつそれが心に浸透してくるような。

 その言葉がきちんと届くようになれば、それは信じているになるのだろうか。私は今、奏の言葉を信じていると言えるのだろうか。


「どうしたの? にやにやして」

「え?」


 顔に出ない様に気を付けていたつもりだったのだけれど、どうやら漏れていたらしい。私は嘘にならない程度に奏から連絡が来たとだけ答える。


「りょうちゃんって、奏さんのガチファン?」

「ガチ……?」

「奏さんからの連絡この前も嬉しそうに見てたなぁーって。 友達からの連絡でそんな顔なんなくない?」

「……いや……」


 なんともまた答えが複雑な質問だ。そもそもその答えに応えようとすると、色々と言わなければならない情報が多い。そしてその情報を果たして話していいのかも悩ましい点だった。


「私も推しのSNSとか常にそんな顔で見てるからさ、そんな感じなのかなって」

「うーん……ファンではあるけれど……また少し違うかも……?」

「ふうん」


 それ以上の言及はしてこない有華の横顔に少し面食らってしまったのは、奏とは違ったせいだろう。奏なら、今の間を言及してくるはずで、私も次の言葉を無意識に探していた。けれど、そうか。普通はそんなに踏み込もうとすることは少ない。それは気遣いであったり、興味の強さであったり理由は様々だけれど、言及されないことの方が今までは多くて、だからこそ私も言葉を飲み込むことの方が多かったのだ。

 今まで深く考えなかった一つ一つが、意味を持って心に触れてくる。奏は、いつから私を特別だと思ってくれているのだろうか。私の言葉を知りたいと言ってくれていたのも、そういう意味だったのだろうか。


「打ち上げまでまだ時間あったよね、ちょっと次のバンドも覗かない?」

「あ、うん……行こっか」


 有華の言葉に思考を引き上げる。あの電話以降、奏とその話題にはまだ触れていない。今日は打ち上げでそんな話もできないだろうけれど、奏とまた会って話がしたい。奏の言葉を、もう一度聞きたい。そう思うのは変だろうか。だって、今度はきっとちゃんと受け取れる気がするのだ。驚きや戸惑いではなく、まっすぐに。

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