第41話自覚と行動(3)
目を覚ましたのは、まだ部屋の中が真っ暗な時間帯だった。寝返りを打つと鈍い痛みが頭を襲って、こんな時間に目が覚めた理由を悟った。
痛みがゆっくりと落ち着くのを待って目を開ければ、目の前に梨沙の寝顔がある。真っ暗な中で僅かに見えるその輪郭に手を伸ばして、顎のラインをそっと指で撫でる。
女の子は優しくすると喜んでくれる。少し意地悪なのが好きな人も逆ももちろんあるけれど、優しくされて気分を悪くする人はいない。だから、触れる時は優しく、好きな触り方をしてあげる。今までそうやって触れてきた。それで十分だった。
私は彼女にどんなふうに触れたっけ。お酒のせいだけじゃない、思考回路を焼き切るような熱が体にあって、思考よりも先に体が動いた。全部が欲しくて、全部に触れようと必死だった。体を重ねた事も初めてじゃないのに、何もかもが今までとは違ったような気がする。綺麗な寝顔の、唇に人差し指で触れる。
ぶり返しそうになる熱に体を起こす。寝ている人を襲う趣味は生憎持ち合わせていないから、少し気分を変えるためにベランダへと出る。二日酔いの気配を見せ始める頭と、中途半端に上がった熱を秋の風が撫でて、あくびが一つ零れる。スマホを見れば時刻は深夜の一時で、そんなには時間も経っていないみたい。ついでに連絡の確認をすればそのなかにはるちゃんからの連絡があった。ライブの感想と、撮影された動画。自分のライブ風景を見るのは未だに慣れない。動画を閉じて、新規のメッセージを打ち込んでいく。
「クリスマスって、まだ調整できる?」
打ち込んで、送信する。深堀りされるかもしれないけれど、そうなったら正直に打ち明けてみようかな。というか今日だって湊と一緒にやたらと私を梨紗の方へ行かせたがっていたし、何か察している部分もあるのかもしれない。そんなことを考えていると、手に持っていたスマホが突然振動を始めて確認すればはるちゃんからの着信だった。
「もしもし」
『奏ちゃん? ごめんね突然……まだ起きてるかな?』
「起きてるよ、てかはるちゃんこそこんな時間まで起きてていいの」
『動画色々と纏めてたらついね。 それで、クリスマスだけどどうかしたの?』
「出来れば一日開けてほしいなーって」
『……もちろん、まだライブの予定も入れてないから大丈夫よ。 でも、理由を聞いてもいい?』
お姉さんになった時の声色をしている。強要はしない、ごまかしてしまえばきっと追及はしてこない。そんな問いなのは分かっていたけれど、不思議と誤魔化そうとは思わない。それはつまり、それだけ自分の気持ちを受け入れられたからなのかもしれない。
「梨紗と初めて会ったのがさ、去年のクリスマスだったから。 梨紗と二人で過ごしたいなーって」
『……梨紗ちゃんは、奏ちゃんの友達?』
「梨紗は、私の好きな人だよ」
『……そっか。 私今日まで勘違いしちゃってた』
それは多分、湊と梨紗がってやつなんだろうけれど、普通に考えたらそっちに思考が傾くのも無理ないよね。湊が意識的にそうしていたっていうのもあるし。私がそれを見ないようにしていたのもあるから仕方ない。
『奏ちゃんは湊くんのこと好きなんだと思ってた』
「え」
『いつだったかな、湊くんと梨紗ちゃんが一緒に帰った時すごく拗ねてたでしょう?』
あれは確か前回の打ち上げ後だった。確かにあの日の私はずっとモヤモヤとしていて嫉妬していたし、それをはるちゃんにも指摘されたっけ。とはいえ流石に、私が湊は中々考えたくないな。思わず乾いた笑い声が漏れれば、電話の向こうでもクスクスと笑い声が響いている。
「それは色々と勘弁してよ」
『フフフ、でもバンドの方もしっかりしてね? 梨紗ちゃんと喧嘩する度に今日みたいになってたら困るんだから、ね?』
「それは……ごもっともで……」
私だって音楽はずっと続けていきたいし、大事な時期にこんなことにはなりたくはない。だから、クリスマスだって無事に楽しく過ごせればいいんだけれど、こればっかりは梨紗の気持ちも大事になってくるからどうかな。
今は私のことを好きでいてくれている気がする。それでも、今の曖昧な関係じゃなくてちゃんとした関係になりたいと私が言った時にどう思うかは分からない。白黒はっきりさせることがいつだって正解になるとは限らないし、大丈夫だって自信満々にはとても言えない。
「はるちゃんは、びっくりしてないの?」
『びっくりって?』
「私が女の子を好きな事」
『びっくりというよりは、二人がこれからも上手くいったらいいなって思うなぁ』
「……そういうもの?」
『妹みたいな子が、好きな人と結ばれたら嬉しいなって思うのは普通の事じゃない?』
そっか。女とか男じゃなくて、ただ好きな人。そんな風に考える人もいるんだな。難しく考えすぎなのは私の方なのかもしれない。そんな風に思えて少しだけ笑みが漏れる。難しい事考えて、考えすぎて立ち止まって、挙句逃げようとするのは悪い癖だな。せっかく覚悟を決めたんだから、とにかくもう先に進むしかない。
「じゃあ、いい報告が出来るようにクリスマス頑張るね」
『待ってるね。 後、ギターの練習と、曲作りと発声練習は欠かさないこと』
「ふははっ、いきなりマネージャーだ」
思わず吹き出すと、つきりと頭が痛む。寝る前に鎮痛剤を飲んでおこう。そう思ってベランダから部屋に戻れば、一つくしゃみが漏れた。先月から今月にかけてはスランプって言っていい位に作曲作業は進んでいないし、取り戻していかないと。進む覚悟が出来たおかげなのか、なんだか心がスッキリとしている。
「ありがと、こんな夜遅くに話聞いてくれて」
『私もおかげで作業が捗ったから。 また恋バナしようね』
「あはは、そんなタイプじゃないよ。 じゃあ、おやすみなさい」
『風邪ひかないようにね、おやすみなさい』
くしゃみの心配までされてしまった。小さく肩を揺らしながら、引き出しにしまっていた鎮痛剤を水で流し込む。色々な出来事のおかげで、今までの靄は随分と無くなっている。梨紗もだけれど、はるちゃんや湊も、私は周りにとても恵まれていると思う。
クリスマスに、ちゃんと梨紗に伝えよう。自分がどう思っているのか、どういう関係でありたいのか。その為にもこの気持ちにもう少し自身で向き合ってみよう。逃げずにまっすぐ、見つめてあげよう。
「……おかえり」
「梨紗、ごめん起こしちゃった?」
「だいじょうぶ」
ベッドに潜り込めば梨紗が眠たげな声で声をかけてくれた。まだ半分くらい夢の中にいるような、そんな声。そんな梨紗を抱きしめて、背中を一定のリズムでトントンと叩く。梨紗の呼吸のリズムを聞きながら目を閉じる。こんな日が、日常になってくれたら嬉しいなと思う。二人で街を歩いて、二人でご飯を食べて、体を重ねて、一緒のベッドに眠る。そんな日々を梨紗と過ごせたら、私はどんなに幸せだろうと、夢の中に思考を沈めながらそんなことを思った。
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