第30話熱を注ぐ(2)

「それじゃ、今日は行けないけどこの後も頑張ってね」

「うん、またねはるちゃん」


 チェーン店を出て、三人ではるちゃんを見送る。はるちゃんはこれから担当しているアーティストのライブで名古屋に向かうらしい。社会人って大変なんだなーと思いながら、いつものスタジオへと向かう。


 暗くなってきた大通りにはまだ沢山の人が歩いていて、蝉が鳴き始めた最近はギターを背負って歩くだけで汗だくになる。


「あぢー」

「ビール飲みてー」

「飲みたくなるから言うな」


 晃は重たい荷物もないのにさ。そんな収穫のないやりとりをして、ようやくスタジオにたどり着く。昨今の節電だなんだって影響のせいかスタジオ内の冷房は控えめで、外で熱さられた体はしばらく汗を吹き出した。


「まだ時間あるよな? 俺ちょっとコンビニ行ってくるわ」

「私も行く。 湊スタジオ空いたら連絡ちょうだい。 後ギターあげる」

「はいはい」


 隣のコンビニに入れば、さっきとはまるで違っていてまさに天国だった。背中に流れる汗を即効ひかせるような冷房に感謝しながらドリンクコーナーから炭酸水を取る。


「それクソまずくね?」

「慣れると割と美味しいよ」

「ふーん。 てかさー、陽菜さんめっちゃ可愛くね?」

「お兄ちゃんの元カノだよ」

「うげぇ……要らん情報過ぎる」


 近すぎる場所でこういうことが重なるのは普通の感覚なら嫌悪感を感じるからね。はるちゃんに晃は勧められないから先に牽制しておく。

 そういえば、はるちゃんって今は恋人とかいるのかな。


「なんか最近女の子成分不足してんだよなー」

「知らんがな」


 いつものようにその日の気分の具材が入ったおにぎりを二つ取って晃がレジに並ぶ。女の子に現を抜かす暇もない位ドラム叩かせてやろう。空いたレジで会計をして外に出れば、丁度湊からスタジオが空いたと連絡が来た。


「梨紗ちゃんはなんか湊といい感じっぽいしなー」

「え、そうなの?」

「なーんか、妙に気にかけてるじゃん」


 ああ、あれは気にかけてるっていうよりは私との関係に対して色々と世話焼いてるだけでしょ。なんて、晃には言えないけれど。

 私の性的指向は晃は知らないから。湊にだってあんなことがなければ言う予定も無かったし。


「湊は誰にでも気にかけるじゃん」

「あー確かにな。 それで何度女の子が泣いてるのを見たことか」

「ふはは、高校時代は地獄だったね」

「気を持たせるくせに誰とも付き合わねんだもんなー。 俺なんか三人も変わったのに」

「あー……」


 ————奏が好きなのになんで他のやつと付き合わなきゃいけないわけ?


 過去ってどうしてこうも思い出したくない思い出が多いのか。

 思い出した言葉に気分が重くなる。それと同時に、自分がほとほとそういった類に向いていないのだと痛感する。はるちゃんとのことなんか勝手に失恋したってだけの可愛いもので、中学と高校は本当にこういった事に関していい思い出がない。


 好きになった人からは友達って言われて、友達からは好きと言われて。

 好きの形が一致するなんておとぎ話なんじゃないかと思う。私が普通だったら、それってもっとありふれたものなのかもしれないけれど、もしもの話に意味なんてない。


「三人変わった方も大概最悪だけどね」

「クラス変わると振られんだよな。 女ってなんであんな切り替え早いの?」

「私に聞かれても乙女心が分かると思う?」

「お前を女として見れてたの軽音部入って一カ月位だわ」

「ふははっ、そりゃ何よりだね」


 だから晃の隣は居心地がいいんだよね。すごく身勝手なのは自覚しているけれど、思う位は許してほしい。


 もう一人の居心地の良い人を思い出す。それと同時に、先日の夜の事も。

 梨紗は今何をしているだろう。



 スタジオに戻って湊と合流する。鍵を受け取って予約した部屋に入れば、相変わらず禁煙なのにタバコ臭い。月一でライブをするなんて言われたら、安さを優先するしかないし何振り構っていられないんだけどね。


「じゃあとりあえず来月のライブに向けて頑張りますか」

「毎月ライブとかやべー」

「セトリも色々考えてはるちゃんに提出しなきゃだしね」


 それでも今までの曖昧な日々を積み重ねるよりは実感できるような気がする。やるべきことが可視化されて、具体的な目標が設定されるだけで確かに違うんだなと思う。


「奏少し走りすぎ」

「ごめん音聞けてなかったかも」


 ドラムの音を聞いて、確実に弦を弾く。熱意を押し出した演奏に頼りすぎていると言われたことを意識して、一つ一つ丁寧にブラッシュアップしていく。

 音楽は、これだけは手放せないから。

 人生救われた、なんてありきたりな言葉だけれど、今の私がいるのは音楽のおかげだから。

 

 気にかかることはある。

 あの夜初めて梨紗の方から求めてきたこととか、少しだけ寂しそうに笑っていた表情とか。また早く会いたいなと思うし、何か抱えているなら力になりたいと思う。

 少しだけ、特別な友達。


 でも今は、それよりも優先したいことがある。


 はるちゃんがくれたチャンスをなんとか手にしたい。やり方が少しくらい理想と違っていても、今以上のチャンスなんて次いつ来るか分からないから。


 今はここに、熱を注ぎたい。

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