四章

第29話熱を注ぐ

「初めまして、新美陽菜です」


 安いチェーン店の中でも、その笑顔は変わらず可愛い。そんなことを思いつつ今更ながらはるちゃんから名刺を受け取る。

 私たちに名刺はないから、代わりに私が皆を紹介することにした。


「知ってると思うけど、こっちが高槻湊でキーボード、こっちが千羽晃でドラムね」

「奏ちゃんから話は聞いてます。 よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いします」


 今日ははるちゃんとメンバーの初顔合わせ。

 色々を考えてみたけど、はるちゃんの提案の是非は皆で決めていきたかったから私からはるちゃんの提案については話さなかった。私の主観とかはいるのは嫌だから。

 だから今日は、はるちゃんの話を改めて皆で聞いて、皆でどうしていくかを決めていく。


「すげー、めっちゃ大手じゃん」

「晃口調」

「ああ、気にしないでください。 あくまでこれはプライベートな会ですし」

「だってさ湊」


 二人のやり取りにもはるちゃんは朗らかに笑みを浮かべる。

 少しの雑談の後、はるちゃんは私に言った事とほとんど同じことを湊と晃に説明していった。まずは会社に売れると思わせるためのモーションが必要な事。その為のプロデュース的な側面を手伝いたいこと。実際にやってほしいと現状考えていること。晃にだって理解できる分かりやすくて的確な説明に、改めて社会人なんだなーなんて呑気な感想を抱く。


「すみません一方的に話してしまって。 このお話をどう受け取るかどんなお返事を頂けるかはメンバーの皆さんで話し合ってもらえたら嬉しいです」

「どう受け取るって、普通にやって良くね? ライブバンバンやって、SNSでもゴリゴリ宣伝して、んでいっぱい客集めりゃいいんだろ? やりゃいいじゃん」


 晃の言葉にはるちゃんが目を丸める。確かに晃はそう言いそうだよね。それに、多分湊も。


「一つ質問してもいいですか?」

「はい、もちろんです」

「SNSで顔を出すっていうのは、ライブ映像とかを流すという意味でしょうか。 例えば顔だけの写真とか、いわゆるアイドルみたいな自撮りを上げてくれとかそういう意味でしょうか?」

「あくまでライブ映像を使う予定です。 ただ、例えば奏ちゃんが歌う姿や高槻さんがキーボードを弾く姿をアップにすることはあり得ます。 それが画になるなら」

「……なるほど。 使えるものは使うってことですね。 ……うん、俺もいいと思うな。 そういう計算好きだしね、俺は」


 そう言って湊は私を見つめる。

 分かってる。そういった事に関しては一番私が頑固になっているって。音楽だけで評価されて、音楽だけで売れたら、そんな理想を一番捨てられずにいるのは自分だって分かってる。


 だから私からこの提案を話すのは嫌だったんだ。どうしてもネガティブに伝えてしまいそうだった、主観が入ってしまいそうだった。

 冷静に考えて、断る理由なんかないんだよね。


「じゃあ、はるちゃんの提案に皆賛成でいいってことで」

「……意外だったな、皆奏ちゃんみたいに渋い顔すると思ってた」


 はるちゃんが胸を撫でおろしながら苦笑する。

 一番厄介な感情を拗らせているのを見せつけられたようで乾いた笑いが出る。作詞も作曲も私だし、グッズデザインは結構湊に任せてるけど、ぶっちゃけ路上ライブとかやってるのだって私だけだし、湊は普通に就活してるし、どうせ私だけ拗らせてますよ。


「バンドに関しちゃ奏が途端にバカ真面目だからなー。 ファンの子に手を出したら即刻脱退させるとか、ライブに遅刻したら脱退させるとか」

「SNSのやり方も奏に一任してるしね、俺たちは」

「そうだったんだ」

「あー、やめろやめろ」


 机の下で二人の足を蹴る。こういう時だけ息ぴったりになるから嫌い。そんな幼稚なやり取りにもはるちゃんはニコニコと笑ってくれる。


 決まったからには私だってちゃんと切り替えてやる。何が一番大事なのか、どこまでなら妥協できるのか、自分なりに少しは考えて二人がやるって言うなら私もやるって決めてここに来たんだ。


 私の歌う姿でファンになった人だって、湊の顔から入ったって、有名曲やってたから足を止めた人だって、最終的に私の音楽にまでたどり着いてくれたらそれでいいんだ。

 はるちゃんが言っているのはそういうことで、それは湊や晃が言うように決して悪い事じゃない。


「まあとにかく、そういうことだからさ。 これから宜しくねはるちゃん」

「もちろん。 私も頑張るから」

「……そんでさー、気になってたんだけどなんでそんな仲いいん?」


 晃の一言で、不意に言いたくなかった話題がきてしまった。

 幼馴染みだからの一言で済む話だけど、はるちゃんは初恋の人だしなんかそういう意味で勝手にそわそわしちゃうからあんまり触れたくなかったんだよね。この状況で触れないのは余計におかしいから触れるんだけどさ。


「はるちゃんとは幼馴染みなんだよね。 小学校くらいからの」

「お家が隣なんです」

「……あー、そういうこと」


 湊がなんとも含みのある視線を向けてくる。私たちの仲をどういうことだと思っていたのか。

 湊は変に鋭いからこういう話題は嫌なんだ。晃の前では露骨にそういう話はしないから突っ込んではこないだろうけれど、流石に恥ずかしいからこればかりは秘密のままにしておきたい。

 お隣の家のお姉さんが初恋だなんて、湊にだけは絶対にバレたくない。


「私も、実は気になってたんですけど……最近の奏ちゃんはどんな子ですか?」

「なに言ってんのはるちゃん」

「だって気になるんだもん」


 もん、って。そんな可愛い顔しないでほしい。

 確かに会ってない期間は長ったけれど、聞く相手が悪すぎる。高校からの私の話なんて大分碌でもないから聞かないでほしい。別に好感度とか今更気にしないけれど、本当に気にしてないけれど。


「絶対変なこと言うなよ」

「最近だとあれじゃね、バイト先でおっさんに絡まれてよろけたふりしてビールかっ」


 全部を言い終える前に晃の足を思い切り踏みつける。そんなやり取りを見てはるちゃんは楽しそうに笑っているけれど、今からビジネスパートナーになる相手にする話じゃない。だから強制終了したのは正解に決まっている。イメージを悪くしたくない訳じゃない。


「はるちゃん、聞く相手が間違ってるよ」

「そう? 私は楽しいけどなぁ」


 うわ、ずるい顔してる。

 そうやって楽しそうに話を聞いてくれるのが好きだったとか、そんな気持ちを思い出させるからやめてほしい。

 初恋って本当に一生忘れないものなんだ、なんて実感なんかしたくないんだけどな、私。

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