第23話捌け口(2)

 くしゃみをした梨紗をお風呂場に連れて行って数十分、梨紗が私の部屋着を着て戻ってきた。私が空いているベッドを叩いて隣に来るよう催促すれば、無言で静かに梨紗が座る。シャンプーの匂いがする。


「あったまった?」

「おかげさまで」


 ついつい顔を近づけて匂いを嗅げば、彼女の手が私の肩を押す。そんな梨紗とのやり取りは荒んだ心を落ち着けてくれるみたいで、随分と気持ちが楽になった気がする。苛立ちや痛みがいつの間にか随分と消えていて、それと引き換えに梨紗への罪悪感が頭をもたげる。私よりも一回り小さな体を抱きしめれば、窮屈そうに少し動いた後梨紗が大人しく収まった。


「……さっきはごめんね、痛くなかった?」

「別に、痛いとかは無かったけど」

「でも嫌だったでしょ」

「……嫌……というよりは、……」


 恥ずかしかった。途切れそうな位のか細い声がそう言う。私は梨紗の顔を覗き込もうとして、その前に梨紗の手が私の顎を押すから視界には天井が広がった。行動を読まれている。梨紗の言うことも理解できるけれど、知らないふりをして詳細を突っ込みたい欲が膨らんでくる。だって絶対に可愛いし。


「……」


 いや、先ほど罪悪感を抱えていたのに流石にダメか。ここは素直に諦めることにして、一先ず嫌じゃなかったと言ってくれたことに安心しておこう。もう一度だけ謝罪して、梨紗を抱きしめる。静かな時間、それでも心が満たされていくような気がする。嫌、少し嘘かもしれない。いい匂いがして、柔らかくて、反省を塗りつぶすように性欲が湧いてくる。さっきからコロコロと思考が移り変わっていて、情緒不安定っていうやつかもしれない。


「奏は落ち着いた?」

「え? うん、もう大丈夫」

「そっか……よかった」

「優しすぎて心配になってきた」

「何それ」


 梨紗が笑うとその振動が体を通して伝わってくる。割と本気で心配しているんだけどな。私を心配してくれて、私の八つ当たり全部許してくれて、そのくせスッキリしてしまった私を見て良かったって言ってくれるなんてさ、普通ありえないんだよ?


「……今度何かお礼しなきゃね」

「大げさ」

「ぜーんぜん。 何かしてほしい事とかないの」

「んー……ない」

「えー……じゃあ誕生日は? いつ?」

「え、いいよ別にそんなの」

「私がしたいんだけど、ダメ?」

「……」


 何かを考えているときの沈黙だ。私はそっと梨紗の手を取って爪や手の甲を撫でながら梨紗の言葉を待つ。しばらく撫でていると梨紗の手が私の手の甲を摘まむ。あー、やっぱりちょっと押し倒したくなってきた。


「私が勝手に奏の助けになったらいいなって思っただけだから、それに対して奏が何か返す必要はないと思う」

「勝手に差し出したものかもしれなくても受け取って嬉しかったから何か返したいって思うのはダメ?」

「それは……ダメじゃない、けど」

「クリスマスの日にも思ったけど梨紗は少し自分に厳しすぎるよ。 私は今日梨紗がいてくれて良かったなって思ってるから、梨紗に何か返したいなって思うよ」


 梨紗の目が私を見上げる。まだ少しだけ迷うような、自信のない表情をまっすぐ見つめ返せば、顔が俯いて代わりに鎖骨にゴリゴリとおでこをこすりつけられた。なんの感情なんだろうこれは。ひとまず好きにさせながら梨紗の背中を宥めるように撫でる。


「……七月、二十九日」

「微妙に遠いなー……まあいっか」


 じゃあその日は私にくれる?

 そう聞けば、ゆっくりと顔を上げた梨紗と目が合う。少しだけ泣きそうな顔に見えるのは気のせいだろうか。流石にここで泣かれる理由はないし、きっと違う感情を乗せているのだろう。あ、もしかして既に先約がいて困っているとか?


「ダメだった?」

「……ううん、大丈夫」

「よかった。 美味しいケーキとか探しとくね」

「……うん」


 柔らかく微笑むのを見て安心する。と同時に、そろそろ限界が来ている。じっと見つめてからゆっくりと顔を近づければ、察してくれたのか梨紗の視線が泳ぎ出す。頬に手を伸ばして顔をこちらに向かせれば、梨紗は何も言わずにこちらを伺う。次はちゃんと時間をかけて触れるから、どうか拒まないでね。


 何度か触れるだけのキスをしてから、頬にもキスをする。熱を共有しあうみたいなキスは、さっきと違ってそれだけで気持ちいい。頬を撫でて、耳を撫でて、髪を後ろに流してから首に噛みつく。漏れる息、声を聞きながらゆっくりと唇を滑らせる。シャンプーの香りと、梨紗の匂いがする。


「ねえ、梨紗ってどういうのが好き?」

「っ、え、何?」


 顎のラインをなぞるように撫でればピクリと肩が跳ねる。上ずる声は、そのまま会話になっていない声をあげるから堪らずクスクスと声が漏れる。


「そもそも意地悪された方が好きとか、むしろせめる方が好きとか」

「な、……奏って突然バカだよね」

「えー、いきなり忌憚ない意見」


 次はちゃんと気持ち良くなってほしいから、梨紗が好きな事をしてあげたいっていう私の気持ちなんだけどな。物は試しに、梨紗の両腕を後ろに回して片手で押さえて、喉元を舌で舐めてから少しだけ歯を立てる。痛みを与えるためじゃなくて、快楽を与えるための痛みは確かにあるから。

 痛みは嫌いでも支配される感覚が好きとか、羞恥心が欲を煽ったりなんかもよくあるよね。梨紗は、どれが好きなのだろう。


「どう? 興奮する?」

「っ、知らな……ぅ」


 悪くない反応な気がするんだけどな。梨紗の好きな耳をせめて、力が抜けた隙に押し倒す。両手をベッドに押さえて、覆いかぶさるように体重を乗せる。対格差もあるから梨紗は逃げられないでしょ?


「これで梨紗は抵抗できないけど、どう?」

「……重い」

「ふはは、なるほどね」


 まずは先に理性を溶かさなきゃだね。一向に目を合わせてくれない梨紗に存在を示すようにキスをする。ゆっくりと時間をかけて、強請るように触れ続ければ少しずつ梨紗が私に合わせるように動いてくれる。やっぱり梨紗って優しいんだよね。そのまま舌を差し込んで、梨紗の好きな場所に触れていく。ゆっくりと浅くなっていく呼吸に、漏れる息や声を頼りに少しずつ溶かしていく。両腕を頭の上で片手で押さえて、空いた手でパーカーの中に手を差し込む。逃げるようにしなる体を覆いかぶさって押さえて、手を這わせる。

 それでもあくまで梨紗が気持ちよくなるように、じゃなければ身勝手な触れ方になってしまうから。


「っ、く……奏、それ」

「ん?」


 嬌声の間に懇願するように名前を呼ばれる。普段よりも熱の上がり方が早い気がするのはきっと気のせいなんかじゃないよね。


「梨紗これ好き?」

「っ」


 否定するように首を振られると、自分の中の熱がぐっと上がる。思うんだけど、私たちってきっと相性がいいよね。梨紗の反応は全部、私の中に快楽をくれる。

 今日は一緒にいてくれるんだよね。だったらもっと一緒に気持ち良くなってほしい。梨紗だって、お互いに満たされるものがあるならいいってさっき言ってくれていたし。少しだけ都合よく受け取っている自覚はあるけれど。


「今日はいっぱい付き合ってね、梨紗」


 耳元でそう囁けば、梨紗の体が震える。さっきはたくさん無理させたから、次はたくさん、気持ち良くなってよ。

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