第18話好き?(2)
「おしゃれなお店」
「気に入ってくれたなら良かった」
テーブルに置かれたドリンクディスペンサーには、カットされたレモンとミントが入ったフレーバーウォーターがある。奏が見たらオシャレ過ぎると嫌がるかもしれない。私も気に入ったかと言われると違和感があったけれど、否定するほどでもなかったので閉口する。
大学近くで二人になるのは嫌だと言えば、彼はわざわざ私のバイト先の最寄り駅まで着いてきた。そこまでされれば私ももう抗う気力は無くこうして大人しく高槻くんの前に座っているのだった。
「それで、今度はなんですか」
「……ごめんね、これでもうこういうの最後にするから」
並行眉が情けなく垂れ下がる。まるでお留守番を言い渡された犬かのような表情に私はまた言葉を飲み込む。悪い事なんて何もしていない筈なのに、どうして罪悪感が刺激されるのだろう。
「ここ一カ月位かな、奏からよく両角さんの話を聞くんだ。 両角さんとも奏の話するよね。 両角さんも奏も結構楽しそうにしてるし、どんな形にしてもいい関係を築けてるんだろうなって俺は思ってるよ」
どんな形にしても。
その言葉の意味に気づけない程幼稚な訳ではない。けれどその穏やかな声は、その形について咎めようと思っているようには感じない。私は知られているという事実に気まずさを覚えながらも、高槻くんが何を言おうとしているのかをただ静かに聞くことにした。
「俺はさ、奏に泣かされる両角さんは見たくないんだよ」
「……えっと……どういうこと?」
「奏が実はもっとやばいやつ、とかそういうことじゃないよ。 俺が知っている奏と両角さんが知ってる奏はきっと同じだと思う。 あいつはそういう部分を繕ったりしないし、だからって我儘でも傲慢でもない。 奏は奏なりの優しさを持ってる、相手の話もちゃんと聞くし、否定はしないけど流されない」
「でも、あいつは特別を作らない」
高槻くんの視線がテーブルに落ちる。今まで聞いたどんな言葉よりも、高槻くんの言葉に感情が篭っているような気がした。諦観や寂しさ、悲しさ、そんなものが言葉の中に染み込んでいるみたいで、実感を伴った言葉のように感じるのは気のせいだろうか。
魅力的な人物だけれど、特別を作らない。それが私を泣かせる理由になるかもしれない。そうなる手法はおそらく一つで、ようやく高槻くんの言わんとしていることが分かってきた。それと同時に、そこに高槻くんの感情が入る理由を邪推してしまうのはきっといけない思考だ。
「今の関係で満足できるならいい。 でも、もっと先を望んでしまった時きっと苦しくなると思う。 それが俺は心配なんだよ」
落ちた視線が上がって、私の視線と交わる。困ったように眉を下げて笑うその表情は、いつもとは違う笑顔で、それなのに高槻くんの心からの表情に見えて。私はそれに引っ張られるように苦しくなる。
どうして最初からこんなにもお節介なのか、それも全部私の邪推している通りだとするならば。私は一体どうすればいいのだろうか。何をどう答えるのが正解なのか分からない。
「……私は……」
「関係をやめろとか言ってる訳じゃないんだよ? 俺の過剰な心配なら何よりで、楽しくいられるならいい、それも俺の本当の気持ちだから」
割り切れるならそれでいい。確かに高槻くんは前にそう言った。私も今の関係は楽しいし、割り切れていると思う。それに、自慢には決してならないけれど私は今まで誰かを好きになったことなんてないのだ。だったら、勝手な邪推はひとまず奥底に沈ませて、私が高槻くんに言うべきことは一つなんじゃないだろうか。
「……大丈夫だよ」
そう言葉にしたときに、違和感があった。
喉に何かが引っかかったような、そんな違和感。
その違和感が何か、心当たりを探せばそれはすんなりと見つかった。高槻くんの言葉はよく奏を見ているなと改めて思う。最初の頃にあったような緊張や動揺は今の奏には抱かなくて、最初とは違う何かが心臓を急かしている時があるのを私は知っている。奏は素直で、けれど私を気遣う部分もあって、強引だけれど優しくて、その塩梅はごく自然に相手によって変えられるのだろう。そんな部分に、確かに私は。
それでも。
「私は奏のこと好きになったりしないから」
それはまだ完全じゃない。奏との時間を楽しく思っているのも事実だけれど、苦しいとか辛いとか、そんな部分はまだ見せていない。
そうならば、きっとまだ引き返せる。この違和感は消化できる。そもそも私と奏の関係に先があるなんて思ってはいないのだ。付き合うなんてことそもそも想定されていない、それは有華に言ったことと同じ結論で、高槻くんに言っている言葉と相違ない。
「……そっか」
何度も反芻させているような、言葉を噛みしめるような時間をかけて高槻くんはそれだけを言葉にした。
「ごめんね、最初にも言った通り両角さんがそう言うなら俺はもう何も言わない。なんか大学でも変な噂立ってるしね」
「知ってたんだ」
「知ってたというか直接女の子から実際どうなのって詰め寄られたりしてるよ。ほわほわ~って躱してるけど、ちょっと大変だよね」
そう言って軽やかに笑う表情に釣られて笑う。やっぱり、この人はとても優しいのだなと思う。その優しさを裏切ってしまうようなことはしたくないし、わざわざいばらの道と知って進むほど挑戦者じゃない。傷だらけになってまで手を伸ばすものなんて、この世にはそうそうない。
すっかりと冷めてしまったコーヒーは、先ほどよりも苦く感じた。
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