第11話言葉遊び(2)


「酔い過ぎじゃないですかー」


 体に無遠慮にかかる重みを何とか支えながら玄関の鍵を開ける。ドアノブを引いて、隙間に足を差し込んで背中でドアを開ければ見慣れた玄関マットが私たちを迎える。梨紗の腰を掴めば、隣から低いうめき声。

 梨沙が華奢な方で助かった。


 部屋の中、ベッドに一先ず横にさせてグラスに麦茶をいれてテーブルに置く。酷使した身体中の筋肉を揉んでからコートを脱いで、ついでに暖房もつける。ようやく一息ついて彼女を見れば、私のベッドで気持ちよさそうに寝ている。


「やりすぎたかなあ、流石に」


 競り上がる熱を何とか我慢して居酒屋に合流したものの、頭の中は不意にその欲を思い出してしまっていた。それに加えて純粋に音楽を褒められたのも嬉しかったし、お酒は相変わらず美味しかったし、とにかく気分が良かった。

 この世で一番無敵って気分になって、梨紗のリアクション全部が都合よく見えて、テーブルの下で手を重ねた時の梨紗の顔なんか結構可愛くて、耳を赤くしながらビールを飲み干す姿が面白かった。


 いつもより早いペースを止めようなんて思わなかった。


「んで、寝落ちコース」


 梨紗の家なんてもちろん知らないし、湊には俺もお前んち行くなんて言われたけど流石に寝ている人を襲う趣味はないからと断った。お酒は程よく思考が溶けるのが良いところでもあるけど、意識が落ちるまでいくのは悪い点だと思う。一つため息を吐いて、窮屈そうなコートを脱がしてあげることにする。腕を袖から抜いて、体をベッドの隅に転がしてコートを引っ張る。


「んん……」

「おー、起きた?」

「……?」


 何度か瞬きをゆっくりして、そうしてまた眠りに帰っていこうとする梨紗を見て咄嗟に唇にキスをする。王子様のキスで目覚めるお姫様、なんて馬鹿なことを考えながら離れると梨紗の目がまた緩慢とした動作で開く。

 起きてくれた方がありがたいんだよね。こっちも今日は散々我慢させられている訳だし。寝ている人を襲う趣味はないけど、起きているなら話は別にできる。


「んっ」


 起きていると判断させてもらって、もう一度唇に触れる。何度か触れると、梨紗の体がゆっくりと動いて、手が私の肩を掴む。上ずった声が唇の隙間から漏れて、手が肩を弱々しく押し返す。


「な、なにして……」

「起きるかなって」

「いや、理由になってない」


 意外と冷静な突っ込みに思わず笑えばするすると猫が逃げるようにベッドの隅に逃げられる。口元を押さえて耳まで真っ赤にされると、流石にもうお預けなんて出来そうにないなぁ。四つん這いで距離を詰めると、身を縮ませて壁に張り付かれる。全然嫌って感じには見えないのに、いつも逃げる気がする。


「いや?」

「いやっていうか……だっておかしいでしょ」

「おかしい……女と女が?」

「そうじゃなくて、友達同士で?」


 友達同士だとおかしい。でもセックスする友達、なんて言葉もあるんだし友達でもセックスすることはおかしくなくない?

 とかいうことが世間一般的にはおかしいっていうのは知っているけど、世間なんてよっぽどどうでもいい。したいかしたくないかの方が百倍大事で、私はそういうことを聞いているつもりなんだけどな。


「私は滅茶苦茶梨紗としたいよ」

「なっ、う、……は?」


 世間とか他人とか結局分からないから、会話があって言葉がある。今大事なのは私と梨紗の意思で、それは伝え合う必要があって、とか色々と思うけどその過程って結構面倒くさい。お酒の勢いに任せて、難しい事なんかすっ飛ばした方がよっぽど手っ取り早い。

 こうやって、頬に触れてその肌に手を滑らせて、呼吸が当たってしまう位近づいて、体を密着させて熱を煽る方がよっぽど簡単でしょ。


「私は梨紗とこういうことしたいって今日ずっと思ってた」

「……」

「だから、嫌だったら早く嫌って言ってね」

 

 アルコールの匂いと味がする唇に触れれば、梨紗の体はそれ以上逃げなくて、唇の隙間に舌を差し込めば案外すんなり開いて、舌に触れればゆっくりと答えるように動いてくれる。だからもうそれが答えって受け止めてしまえばいい。不正解って後で殴られるならもうそれでもいい。


 柔らかな焦げ茶色の髪の毛を撫でて、耳朶を撫でて、項を撫でる。その度に舌が僅かに震えるのが正直で可愛いと思う。必死についてきてくれるから、こっちも優しくしたくなるし、いいポイントを見つけると責めたくなる。誘ったのは私だから、ちゃんと気持ち良くなって楽しくなってほしい。

 一緒に気持ちよくなろうよ、梨紗。


「気持ちい?」


 ふぅふぅと聞こえる息遣いの後に両手が真っ赤な顔を隠して、その奥で頷く彼女はなんていうか煽るのが本当に上手いと思う。クリスマス、どんな風に触れたっけ。彼女はどこが好きだったっけ。


「ねえ梨紗」


 ベッドに腰掛けて、梨紗の手を引っ張る。泣いてるんじゃないかって位瞳が濡れていて、その瞳が混乱しているのかおろおろと彷徨う。彼女の体を寄せて、自分の膝を叩く。乗ってって言えばまた戸惑う視線に、彼女の腰に腕を回して引き寄せる。見上げた先の真っ赤な顔は凄いそそられる。

 ニットの中に手を差し込めば、上ずった声と同時に梨紗の手が私の手を押さえる。流石に少し性急すぎたかな。見上げた真っ赤な顔は、今何を必死に考えているんだろう。


「わ、たしは……」

「ん?」

「いやじゃない、けど……もっと、普通なこともしたい」

「普通?」


 けっこう普通なプレイしかしていないと思うんだけど、もしかして変なことしたかな。


「だから、どっか出かけたりとかランチとか」

「ああ、普通。 いいじゃんもっと遊ぼ」


 それってつまりセフレってやつじゃないのかな、なんて言ったら流石に怒るよね。私たちの関係を何と定義するかなんて主観も混ざれば結局曖昧なものに変わりない。つまりどうとでも解釈ができるし、結局言葉遊びでしかないとも思う。言葉には限界がある。だから、私はなんだっていいよ。


「どこ行きたいとかあるの?」

「え? それは……考えとく」

「ふはは。 んー、じゃあ私も考えとく」


 右手を梨紗の後頭部に回して、引き寄せてキスをする。その後にじっと見つめれば、私の手を押さえていた梨紗の手がゆっくりと離れていく。賢いね、いい子。

 服の中に忍ばせた手で、ゆっくりとお腹を撫でる。すっかり同じ温度になったお腹は筋肉が無くて柔らかい。そうだ、こうやってわき腹をフェザータッチしてあげるのが好きだった気がする。


「ん、っう」


 目の前の梨紗の表情が歪む。気持ちい?と聞けば顔を隠すように肩口に顔を埋めるから堪らず笑う。気持ちいいね。そのまま手でゆっくりと撫でて、こめかみのあたりに唇をくっつける。

 お互いにやりたいことを出来て、それに無理なく付き合える関係になれるなら、どんな形だって良いものだって私は思う。


 だから、これからもそんな関係で宜しくね。

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