憑依モード

「見てらんない」

 嘉勢が去ったあと、金属質の低い声が踊り場に響いた。

 ぼくは階段の途中からふり返る。

 萩尾が踊り場に立ったままでぼくを見おろしている。右手を腰にあて仁王立ち。窓を背にしているため逆光でよく見えないけれど、目つきはいつにもまして鋭い気がする。

「なに、どうしたの」

「嘉勢をいじめてどうするんだよ」

 くまたろう?

 学校では話すなとかいっていたのに、くまたろう憑依モード?

 つっこむにもかなりお怒りのようなので、ぼくはまじめに答える。

「最善はつくしてたと思うけど。どう対処するかは嘉勢が考えるべきじゃないかな」

「嘉勢のことを信用してないだろ」

「そんなことはないけど」

 なんでわかるんだ。

 けれど、おとなしくいい負けるのは癪だった。

「昨日もいったけど、嘉勢にうしろめたいところがあるんじゃ協力できないよ」

「そんなこと考えなくていいんだ。嘉勢は殺してない」

「さすがに殺してたとまでは思ってない。でも、たとえば、嘉勢の言葉が原因で上野が自殺するにいたったとか」

「上野は殺されたんだ」

「いまはどっちでもいい。問題は、嘉勢を擁護して芹澤さんに勝てるかどうかだよ。嘉勢はたぶん、なにか隠してる。とも倒れはごめんだ」

 一瞬、萩尾は茫然とした顔でぼくを見た。

「勝てなきゃ静奈ちゃん見捨てるっての」

「そこまではいってない」

「いってるよ!」

 つんざくような声が反響する。もうくまたろうだか萩尾だかわからない。

 頭を抱えたくなる。ぼくは何度失言を繰り返せばいい。

「静かにしてよ。聞かれたらどうするの」

「木皿儀はまわりを気にしすぎだよ。いまだけじゃない。学校じゃが話しかけても知らん顔するし、部活こいっていってもこないし、大事な本汚されたのに剣崎なんかとへらへら話してるし!」

 ばッかじゃないの、と萩尾は震えた声でいった。

「いまは関係ない」

「関係ある」

「わかった、ぼくが悪かったよ。でも、勝たなきゃいけない。嘉勢には不安要素が多すぎるのもたしかだ」

「いいんだ」

 有無をいわせぬ語勢だった。

「嘉勢は負けない」

「堂々巡りだね。どうしてそういい切れるの」

「上野を殺したのは芹澤だから」

 ぼくは思わず背後を見る。人けはない。誰かが聞いてないことを心から祈る。

「そこまで断言できるの?」

「芹澤だけが居残ってた。上野と話してたのも確認できた」

「そこは嘉勢もほとんど同じ条件なんだよ。それに扉に血がついていないか、まだ確認してないけど?」

 萩尾は歯噛みしてぼくを睨みつける。目には涙がたまっている。

 やはり、まだわからないのだ。

「くまたろうも全知全能の神じゃないよね。萩尾の気分を変えることはできても、事実までは変えられない。推理は魔法じゃない」

 またいいすぎたか、と思うけれど、もういい。さっきのむしゃくしゃが、まだ収まっていない。

 魔法はない、あってもしょうがないんだ。

「いまはひっこんでいてくれ」

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