途中経過

 昼休みの第二校舎。

 人けのない階段の踊り場で、ぼくは萩尾と嘉勢と落ちあった。

 今朝から調べたことを簡潔に報告すると、萩尾はぼくを見ずにいった。

「やっぱ芹澤さんが怪しいんじゃん」

「面目ない」

「脅迫状はともかく、例の紙切れについては確定したようなもんだね」

「そうかも。三枝先生のいない間に誰かがきたとも限らないけどね。先生の誰かが入れたとはさすがに考えられないけど」

「静奈ちゃんのファイルだってわかるやつなんて、限られてるよ」

「それはそうだ」

「芹澤さんは上野くんが好きだったんだから、動機も十分だし。まさか噂の根本でもあったなんて思わなかったけど」

「芹澤さんの界隈で噂になってるのはたしかかもね」

「で、どうするの。直接問いただしにいく?」

「認めてくれるかな。脅迫状を書いたとまではいえないし」

 どんな証拠を出してもつっぱねられる気がする。考えれば考えるほど、うまくいかない気がしてくる。ある行為の立証がこんなに難しいなんて思わなかった。目撃者か、昇降口に監視カメラでもあればよかったのに。

「考えすぎじゃないの。時間ないんだよ」

 うんざりした声でいう萩尾に、ぼくはしぶしぶ答える。

「いちばん理想的な解決としては、腕時計をとりにきたところを捕まえるべきだろうね。写真を撮って証拠を押さえる。差出人の素顔を確認して説得、できなければ先生や警察とか、しかるべき人々とともに対応する」

「いいじゃん、それで」

「でもそれだけじゃおわらない。例の情報を流されればこっちの負けだ。仮に相手の悪行を証明できたからって、相手が目的を諦めるとは限らないんだ。謎解きは事件解決とイコールじゃないし、まして芹澤さんを敵にしてやっつければいいってわけでもない」

「わたしたちも噂を流しちゃえばいいんだよ」

「報復か。でも噂を広げてくれるような人脈がぼくらにあるの?」

 萩尾は舌打ちをする。

 ぼくは嘉勢を見る。

 さっきから嘉勢はひと言も発言していなかった。

「嘉勢はどうしたい? 素直にやめてくれと直談判してもいい」

「わたしは……」

「さっきいった方法をとってもいいけど、その場合けっこう大ごとになるかも」

「えっと」

 嘉勢は頼りなさげに視線をさまよわせた。

 その姿に、また腹の底でなにかがうごめく。

 声をあげて、怒鳴りつけたくなる。

 自分の感情の動きに驚く。なにに怒ってるんだろう。嘉勢が弱っているのがいやなのか。ぼくは嘉勢を尊敬していた。もしかしたら萩尾を茶化す資格もないくらいに。

 まっすぐな嘉勢が、恋をして、恋人を失って。クラスで悪い噂を立てられて、なにもできずにぼくらなんかに頼って、自分の身のふり方に逡巡して。

 それが、耐えられない?

 むなしい。感情的な自分の卑小さを目の当たりにして自信がなくなる。事実も推理も、なんとでもいえる思いこみの妄想のような気がしてくる。

 ぼくは言葉を選ぶ。

「多少の傷は覚悟しなくちゃいけないよ」

「太一くん」

 嘉勢はすこし驚いたようにぼくを見た。ぼくは無視する。

「やっぱ上野の遺品を守るしかないんじゃないかな。噂なんていつまでつづくものでもないし。いじめられるかもしれないけれど、助けてくれる友だちもきっといるよ。べつに悪いことをしたわけじゃないじゃないか」

 同意はせず、嘉勢はぎゅっと口を閉じて、またすぐに視線をそらした。

 なにか隠している、と思う。

 嘉勢への幻滅による妄想ではないと願いたい。

「ちょっと、静奈ちゃんいじめないでよ」

 萩尾が嘉勢の前に出ていう。嘉勢が慌てる。

「めぐるちゃん、いいの、わたしが悪いの」

「木皿儀が怖がらせてるんじゃん。なんか顔も怖いよ」

 ぼくは努めて平静な声音で萩尾にいう。

「萩尾だってなんか考えてよ」

「正面突破よ。犯人わかったんだからとっちめちゃえばいいじゃん」

「またぜんぶひっくり返すようなことを」

「木皿儀は細かいこと考えすぎなんだよ。静奈ちゃんは悪くないんだから、堂々としていればいいじゃん」

「悪くなくても、ひどい目に遭うときはあるんだ」

 本当に悪くないのか、ぼくにも確信がない。

「いじめられるかもってこと? 人はもっと身勝手でテキトーなものだよ。仲よければ楽しいってもんでもないし、悪ければつらいってもんでもないんだから」

「だそうだけど」

 嘉勢を見やる。嘉勢は申しわけなさそうに俯いている。

「ごめん、めぐるちゃん、太一くん。わたしがわがままだから」

「責めてるんじゃないよ」

 とはいえ、このままでは埒が明かない。

「とりあえず、もうすこし情報は集めてみるよ。いい解決策が見つかるかもしれないし」

「いい解決って、たとえば?」

 萩尾の問いに、ぼくは気休めをいう。

「円満な和解かな。対話の糸口がほかに見つかればいいけど」

「具体的にどうするの?」

「中島さんに訊いてみる。あの人なら、まだ話せそうな気がするし」

「ああ、中島さんはグループでも静奈ちゃんについてなにもいわないし、大丈夫かも」

「大丈夫ね――」

 どうなれば大丈夫かもわからないけれど。

 なにかわかれば連絡すると決めて、ぼくたちはひとりずつ教室へ戻ることにした。

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