ふたりはいつ会ったか

 ホームルーム前の人のいきかう廊下を縫って、ぼくは剣崎けんざき亮平りょうへいに声をかける。

「おはよう、剣崎」

「おう、木皿儀。めずらしいじゃん、おまえが挨拶とか」

「そんなことないでしょ」

「あるって。いっつも机で暗いオーラ出してんじゃん」

「それより訊きたいことがあるんだ」

 挨拶なんてしなければよかった。にこやかな剣崎を見ながら、ちょっと思う。

 剣崎とは同じクラスで、四月に同じ班になって以来、浅からぬ交流がある。野球部員のあかしである坊主頭。浅黒く焼けた肌。背が低く細身の印象だが、開襟シャツから伸びる二の腕は球児らしくたくましい。

「剣崎、上野と芹澤さんが話してるのを見たって本当?」

「いつのことだよ」

「十日の夕方。美術室で」

「ああ、例の件か。見かけたぞ。上野がいるのが窓から見えてさ。あいつ、帰ったんじゃなかったっけって思ってよってみたら、芹澤もいたんだよ」

「ほんとに?」

「ほんとだって。修羅場かと思って声かけたんだぜ」

「すごいね。ぼくなら絶対にできない」

「じっさいに話しかけてみたら、そんな険悪って雰囲気でもなかったけどな。なに話してたかは知らねえけど」

「どうして通りかかったの」

「脚けがしちゃって。洗いにきてたのと、部室に救急箱とりによった」

 水道と部室棟は第二校舎に隣接している。よく声が美術室まで聞こえてくる。

「何時くらいだったか覚えてる?」

「五時半すぎだと思う」

 嘉勢が上野と美術室で待ちあわせたのは午後六時だ。

 その数分前に上野は美術室にきて、芹澤と話していた、ということなのか。それから美術室を離れて、また戻ってきて、そして死んだ?

「あとさ、芹澤さんってまだ冬服着てた?」

「え? 覚えてないけど、夏服だったんじゃねえの」

「だよね」

 嘉勢がすれ違ったのは、芹澤さんじゃなかったのだろうか。

 考えるのはあとだ。ぼくは剣崎から離れる。

「わかった。ありがとう」

「待てよ。なんでそんなこと訊くんだ」

「いや、ちょっと気になって」

 すぐ退散したかったけれど、さすがに許されない。けれどあと数分くらいでホームルームの予鈴が鳴るはずだ。

「探偵みたいな質問だったぞ。なんか調べてんのか」

「まさか。ほんとに気になっただけだよ」

「おまえすぐはぐらかすよな」

「そんなことないよ」

 同じようなやりとりを数回繰り返す。そのうち剣崎はぼくの首に腕をまわしたり、襟首を掴んだりする。剣崎の腕力は変に強くて、ちょっと怖い。

 ぼくはなんとか剣崎から逃れる。ズボンから出たシャツの裾を直しつついう。

「席戻ろうよ。もうチャイム鳴るって」

「じつはおれも上野のことは気になってたんだよ。グループでも話題になってるし。木皿儀はグループいないから知らないだろうけど」

「嘉勢に原因があるんじゃないかって話でしょ」

「なんだ。知ってたのか」

「誰がいってるの、そんなこと」

「芹澤とか、そのへん」

 なんと、まあ。せめてもうすこし隠れてやるべきではないか。

 三枝先生の話からも、嘉勢のクリアファイルに紙切れを入れたのは芹澤さんの可能性が高い。萩尾に対しては芹澤さんを擁護してきたわけだけれど、完璧にぼくの見こみ違いだったのだ。人を見た目で判断してはいけない。

 もちろん、脅迫状の差出人までもが芹澤さんとは、まだ断言できないけれど。

「剣崎も嘉勢のせいだと思うの?」

「まさか。上野が彼女とうまくいってないからって死ぬタマか?」

「だよね」

「嘉勢が殺したってんなら、わかんなくもねえけど」

 おっと睨むなよ、と剣崎はおどける。知らず険しい顔になっていたらしい。

「なんか、まっすぐだろ、嘉勢って。大人びてるっていうか。ああいうやつに限って怒ったら怖そうじゃん」

「印象論だね。芹澤さんだってそうだよ」

「わかるぜ。いつも明るくて信用できないよな」

 それはおまえもだよ、と思うけどいわない。

「それに芹澤さんの場合、上野が死ぬ直前まで一緒にいたわけじゃん」

「なんか推理小説っぽくなってきたな。おれが離れたあとに準備室で殺したわけだ。そして自殺に見せかけたと」

「そうだよ」

「できるもんかな」

 できるよ。扉に血がついていなければ。

 そういおうとしたとき、ようやく予鈴が鳴った。

「なるほど。嘉勢のためってことか」

 ふいに、にやにやしながら剣崎がいった。

「は?」

「あの木皿儀がなんで訊いてくるのかと思ってたけど。上野がいなくなったんでポイント稼ごうってわけだ」

「おい」

「教室いこうぜ」

 剣崎はぼくの肩を叩いて走り去る。ちらほらいた生徒もすぐにはけていく。

 足音、甲高い笑い声、机と椅子が鳴らす金属音。

 ため息が漏れる。

 すこし、むしゃくしゃする。

「木皿儀」

 雑音に交じる聞き慣れた声にふり返ると、萩尾が亡霊のように立っていた。

 ぼくは額ににじむ汗を気にしつついった。

「犯人は芹澤さんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る