第三話 美術部員たち

六月十六日月曜日①

 芹澤さんは、ぼくにとってかなり近づきがたい人だ。

 思えば、同じ美術室にいて、一度も話したことがない。

 均整のとれた容姿。肩に広がる明るい色の髪。生き生きしたつり目。鳶色の瞳。人づきあいのいい活発な性格で、友だちは多い様子だ。クラスメイトとのやりとりを見ても、人懐っこさや気づかいを感じさせる。

 ぼくの側に悪い印象はあまりない。

 なんとなく、ぼくのほうが嫌われている気がするのだ。

 クラスでも美術室でも挨拶などしない。そもそも視線があわない。あってもそらされる。対面しそうになっても、するりと視界から逃げていく。自意識過剰ではないと思う。なにかした覚えはない。

 また、あらためて気にしてみると、くまたろうみたく側近と揶揄したくもなるくらい、芹澤さんは中島さんといつも一緒にいる。芹澤さんはぼくと同じ一組、中島さんは四組で、階を隔てているのも気にせず、休み時間になると廊下で会って話している。仲よしふたり組でいるところへ話しかけにいけるほど、ぼくのコミュニケーション能力は高くない。

 それ以前に、上野の死というクラスどころか校内全体でも避けられている話題を、上野に片思いしていた芹澤さんに対してもち出すのは、あまりに無神経だ。

 とにかく話しかけるだけでも至難に思える。

 とりあえず部活に顔を出すことにはする。せめて遠くからでも観察してみるのだ。

 美術部の活動は週明けには再開されていたけれど、参加者はやはり少なく、退部する者もいた。芹澤さんが退部しなかったのは僥倖だった。

 ただ、大前提として、くまたろうの推理を本気で信じているわけではない。

 くまたろうの推理をもとに萩尾がなにかしないか心配なだけだ。

 唯一ちょっと気になる点といえば、上野の死の直前に芹澤さんが彼と話していたという目撃談くらいだ。これは目撃したらしい剣崎に軽く訊いてみてもいい。

 あと嘉勢に届いた例の紙切れについては、もしやと思わないでもない。芹澤さんは上野が好きだった。嘉勢の近くにもいて、しかけるすきはあったのではないか。確証なんかない、くまたろうと同程度の妄想だけれど。

 疑念が晴れればそれでいい。

 妄想を打ち消すには、現実と向きあうに限る。

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