祖父の葬式

@Araranosatto

第1話


 私の祖父は、手のひらに収まるほどのクリスタル状の馬の模型になっていた。遺骨をとてつもない高圧でダイヤモンド状にして、ガラスと混ぜて加工するのだと、ものの本には書いてあった。馬が好きだった祖父が、生前にこの形を望んだのだと言う。参列者はその足の筋まで見える緻密な造形や、葬儀用大型照明の明かりを反射した時の綺羅びやかさを褒めそやしたが、私は果たしてこの中の何%が祖父なのだろうかという事で頭が一杯になっていた。

 割合によっては『これ』を祖父とは言えないのかもしれない。下手をすれば家の風呂や自動掃除機の中に入っている祖父の髪の量の方が体積が多い。すると祖父の手垢がいたる場所に残ったあの家こそが、暫定的に祖父と呼ぶにふさわしいのだという事になってしまう。

 否、こめかみを叩いてその考えを脇にやる。今はこの馬の像こそが祖父と呼ぶにふさわしいと、この場にいる参列者や一般の良識というものがそう作り上げ、人間の姿を背景に見ているのだ。そのような考えを持っている私がこの場の異物でしかない。もしかしたら、隣に座って鼻を啜っている従兄弟も、そう思っているのかもしれない。だが、日常を多量の水で延ばしたように味気ないこの空間では許されない事もまた事実だ。

 そこまで考えて、急にやる気が萎んだ。脳内で話を堂々巡りさせるのにも飽きて、欠伸を噛み殺すのにも飽きて、歌にも読経にも飽きた。七色布の境界線を辿って天井まで行けるかチャレンジするのにも飽きた。祖父は甲華二人章をもらう程度の偉人だそうだから、葬儀の色も七色全て出揃っている。自分は三つも貰えないだろう。

 何か頭を巡らすネタが無いかと祭壇を見渡すと、脇にある彫刻に目が行った。体にぐるぐると布を巻き付けた恰幅の良い人間が、熊手を持って花を吹いている。これは冥界からの使者を模したものだと聞いた事がある。その記憶を呼び水として、頭の奥底から祖父の言葉が蘇ってきた。


「神様が人間の形をしているのは、きっと人間が人間に支配されたいからだろうな」

 でも人間型じゃない神様も居るじゃないか、と幼い頃の私は反論をした。必要であれば、10分後には棚から引っ張り出してきた本を、二人の間にあるテーブルの上に積み上げていただろう。

 祖父は薄くなった白髪を撫ぜながら、困ったように笑っていた。

「そうだな。でもな、偉い神様は大体人の姿だろう」

 そう言われればそう、と同意を示せば、祖父は口角を上げた。口元の皺が更に深くなったのが見えた。「人間はきっと怖いんだ。自然や運命が想像を超えた訳の分からないものである事が怖い。だから人間の形に落とし込めて、『これは凄い力を持っていたとしても、あくまで分かるものに支配されているんだ』って思い込もうしたんだろうな」


───それでは、これより──式を行います。一同、ご起立お願いします。

 周囲が一斉に立ち上がる音で、突然記憶から引き戻された。慌てて自分も立ち上がると、喪主である父が見えた。ガラスの祖父を両手で抱えたのを見て、漸くこの空間から開放されるのだと心のなかで安堵のため息をつく。

 祭壇の前ではセッティングが進んでいた。透明なアクリル製の辺が1メートル程度の立方体を、葬儀会社の人が二人がかりで前に持っていく。それを見ながらぼんやりと、あのガラスの像の形について思いを馳せる。

 祖父は骨になった後に、何故、人では無い形になったのか。偉い人ほど死後細工を生前の姿の再現や、更に威厳のある姿にするものだ。馬をチョイスしたのが本人なのかそうでないのか私には分からないが、神を人の形にするのが矮小化の一つの手段とするならば、祖父は一時的に人間である事から解放されている、とも取れるのではないか、と。


 そうして長かったこの儀式にもフィナーレがやってきた。アクリル箱の後ろに父が立ち、一礼する。そして像を立方体の上に掲げる。

 ガラスの像は滑るように父の手を離れ、立方体の中でやけに澄んだ音を立てて砕け散った。

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