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「お前には消えてもらおうと思う」

 二行目でフラグを回収したうえ、扉を開けた瞬間コーヒーを全力で顔面に噴出された。

 とんだ歓迎もあったものだ。

 咳混んでいる声で、コーヒーを噴出した主は蒼ということに気付いたが、まだそれを喜べるほど性癖が洗練されているわけではない。

 部室の扉を開けた途端に「消えてもらう」と言われ、コーヒーを顔面にぶちまけられる想像は流石にしていなかった。

 ここは世紀末か何か?

「いやいや消す消さないっていつの時代の話してんのよ……」

「俺たちのジャーマネに不埒な真似を働き、挙句の果てにはその技術を持って虜にしているだと? 黙っていちゃあ部長の名折れなんだが?」

「なんだが? じゃないわよ。誤解を招くようなこと言わないで」

「しかし蒼、こいつがいくらお墨付きだからといってだな」

「すみません、人にコーヒーぶちまけておいて会話続けるの止めてもらえませんか? せめてボクを構ってもらえませんか?」

 なんでそこで「え? お前誰?」みたいな顔でこちらを見てくる。

 アンタは呼んだ側じゃなかったのかよ。

「福良大海か?」

「最初に名前を確認すべきなんじゃないんですか? 名前の確認よりも抹消宣告の方が先なのは人間としてどうなんですか?」

「安心しろ。消えてもらうのはもう少し先だ」

「今の言葉のどこに安心要素が?」

 いちいち喧嘩腰な態度だが、見た感じこの部活の部長の様子。

 対して広くもない部室だ。今でこそ部室にこの部長と蒼、それに古井先輩しかいないものの、全員が入るとなれば割と手狭になるだろう。

 そんな部室のど真ん中で腕組みしながら、顔をしかめて相変わらず部長は佇立している。

「俺たちの部活は大所帯だ。しかも今は九月。部活の加入期間はとうに終わっている。いくら蒼の推薦とはいえ、はいそうですかと簡単に認めるわけにはいかない」

 滅茶苦茶な難癖をつけてくるかと思えば、物凄く基本的な指摘を受けてしまった。

 基本一年生の部活の加入は四月いっぱいまでだ。そこを突かれては返す言葉がない。返そうとも思わないが。

「それにGTS部は優秀な選手の引き抜きなんてことはしていない。お前には悪いがな」

 話が違うんですけど。

 というか、最早GTS部の一員になることは前提で話が進んでいたと思うのだが。

 元凶の蒼の方を見てみれば、優雅にまたコーヒーを飲んでいた。何なんだこいつは。

「しかし他でもないジャーマネの頼みだ。……明日からの四日間、部活の垣根を越えたGTSの対抗戦があるのは知ってるな?」

「まぁ、一応」

 昨日までは帰宅部だったので全く関係なかったのだが、チェック自体はもちろんしている。

 部活対抗戦の様相を呈した、GTSの戦いだ。約千人の全校生徒中、半分の生徒が参加するイベントとなっている。

 日々高まるサウナ熱。高校生の迸る熱き情熱を、それ以上に熱いサウナにぶつけてほしいという生徒会の意向から、去年から開催されているらしい。

 全員が全員積極的というわけではないが、部活に所属しているサウナ好きは基本参加してくるイベントだ。

 いくつかのグループに分かれ、それぞれGTSを一回行う。参加人数が参加人数なので、何ルーティンも行うわけではないが。

「遍く全ての部活がこの対抗戦にはエントリーしてくる」

 そう。非公式とはいえ、なかなかに大掛かりなイベントだ。

 各部活の活動になるべく支障が出ないように、この時期火曜から金曜の平日放課後に行われる。

「あくまでも他の部活にとっては運試し程度。我慢比べ程度の認識に過ぎない」

 横浜中央のサウナは予約制だ。それもかなり人気があるため、希望通りにサ活を行うことはなかなか難しい。

 そのため、サウナ好きにとっては予約を勝ち取る必要もなく、堂々とサウナを楽しめるイベントというわけだ。あとは部活を上手くサボりたいだけの奴も時々混じっているが。

 そして他の部活にとってサウナは単なる娯楽と、ボディケアの一種に過ぎない。

 サウナに入るついでに、よく分からない我慢大会をやっているくらいの感覚の生徒も多いだろう。

何でもありバーリトゥードとまではいかないが、素人が多い故超実践的だ。俺たちGTS部にはホームとして、勝たなきゃいけない重圧がある」

 GTS部が完全なるホームスポーツで負けたとあれば、恥以外の何物でもない。

 つまりそういうことだ。

「お前にはGTS部の一員として出てもらうが、負けた場合は入部は許さんよ」

 GTS部に入るためには、自分の心意気を、福良大海の姿勢を見せろと。

 実力を見せてみろと。

 俺は嘆息する。

 だから、「そういうの」が嫌なんだって。

「分かりました。誠に残念ではありますが辞退を……」

 その瞬間、蒼と目が合った。

 アイコンタクトだ。

『辞退したらこの場でSNSに流出させる』

「いやぁぁぁ! それは困りますねぇ部長ォォォ! 任せて下さいよ、この誉必ずGTS部に持ち帰ってみせましょう!」

 アイコンタクトで何故そこまで伝わるのかと言えばたしかに疑問だが、明らかにそんな目をしていた。

 茶目っ気たっぷりな顔でSNSの投稿画面を見せてきていたし、ほぼほぼ間違いない。

 というかそんな簡単に人に人生を終わらせようとするな。

「よし。それでは今日はこれで解散だ。明日はよろしくな」

 部長が追い払うような手のしぐさをし、ようやくこの空間から解放された。

 俺の後ろに控えるように雅也と裕介もいたはずだが、いつの間にか部室から出ていたようで外で二人と合流した。


 

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