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「つまり、スケベ椅子から立ち上がったときにポロリしちゃったからGTS部に入る羽目になったってことね。それは流石に大海が悪いじゃん」

「裕介お前要約の才能ゼロか? 国語の成績どうなってんの? そもそもスケベ椅子どっから来たし」

 衝撃の邂逅から一夜明け。

 授業が終わった月曜日、俺はまたしてもサウナへと足を運んでいた。

 プールの更衣室を経由する形で、俺が通っている横浜中央高校のサウナルームはある。

 上段と下段の二段の構成で、形状としてはサウナストーブを挟むように「コ」の字になるようになっている。

 オートロウリュこそないが湿度は高めに設定してあり、木で囲まれたこの空間は悩み多き高校生たちに癒しの時間を与えてくれる。

 まさに言葉通りのホットスポット。この大サウナ時代は特に、生徒からは人気スポットだったりする。OBも極稀にこのサウナを訪れたり、このサウナの中で告白した男女は永遠に結ばれるというも何が何だか分からない伝説があるとかないとか。

 そんな人気なサウナは、混雑を避けるため今は予約制をとっている。

 月曜日の放課後という、部活も補修もないフリータイムが多い曜日に、俺は友達三人を引き連れサウナを楽しむのが恒例になっていた。

 そして昨日出会った狂った女の話を、他の人に迷惑にならない程度の大きさでしていたのだった。

「それで見せつけたのはあの海城先輩だって? お前あんまり人に言いふらすなよ。場合によっちゃ楽には死ねないかもしれないぞ」

「死ぬのは前提なの!?」

 他の運動部ととGTS部を掛け持ちしている奴は少なくない。このガチムチ体形の高梨雅也(たかなし まさや)もその一人だ。

 あまり他の学校では聞かないが、大会や練習試合に支障がない範囲で両方とも参加する奴や、単純にGTS部の連中と仲がいいから、というやつもいる。

 そもそもの話、大多数の生徒はサウナが好きなのだ。

 優先的にサウナに入りやすいGTS部に入るのは、サウナ好きの高校生からしたらいわば必然とすら言える。

 しかしこいつは春夏は水泳部で結果を残しているが、秋冬はGTS部へと入ることにしたらしい。

 心肺機能の向上目的とは言うが、発想がストイックすぎる。全く以て狂った奴だ。

「というか、あの海城先輩って……有名人なのか?」

「相変わらず女に興味ねーな大海。海城先輩を知らねーのにお前の逸物は見せつけてるって? 楽には殺さないぞ」

「殺すのはお前だったのかよ!」

 何故か友達に対して、加倉井淳介(かくらい じゅんすけ)が殺意を向けてきている。相変わらず狂った奴だ。

 雅也と違って、こいつはテニス部のみ所属している。

 サウナは正直得意ではないらしいが、合わせる形でいつもサ活をしている。何度誘ってもサウナに慣れる気配がないので、そろそろ別の手段を考えてやらないといけない。

「冗談はさておき」

 まとめるように、一段目に座っていた権藤裕介(ごんどう ゆうすけ)が口を開く。

「あの海城家の御令嬢だ。この高校の運営にも口出ししてるという「あの」海城家だぜ? 下手打てばお前、本当に消されかねないぞ」

「消されるってお前……」

 いつの時代の話をしているのだ。この時代にそんな前時代的な、しかも高校生で何の話だ。

 相変わらず訳の分からない狂った話だ。話半分程度に聞いていて損はない。

「そうそう。消えてもらうよ」

「お前が一番危険なんですけど。刺客のオーラを隠しきれてないんですけど」

 さっきから淳介が俺に敵意を向けてきている。

 女癖がいいわけではないので、言ってみれば「あの」蒼にも手を出そうというのだろうか。辞めておいた方がいい。今以上に訴訟を抱えることになる。

「誰が訴訟抱えてるってんだよ」

「すまん、聞こえてたか」

「違う違う。謝るべきはそこじゃない」

 こいつはいちいち耳ざといところがある。そんなことじゃモテないゾ(まぁモテてるんだけど)。

「海城家といえば日本でも有名な名家。その御令嬢が何でまた急にお前を呼び戻すことがあるんだ」

「それもそうだよな。大海を知っているなら最初から勧誘してるだろうに。今後はこの学校でも部活に力入れてくってことなのかね」

 たしかに、今のところこの高校は普通の公立校と何ら変わらない程度の部活の実績しかない。即ち、他の私立では有り得ないほど力を入れていないと言える。

 選手を集めて全国を目指すというわけでもなく、偏差値が高いわけでもない。文武両道とは名ばかりの、よくある自称進学校である。

 昔からこの高校は「横浜中央温泉」として有名で、入った生徒がぬるま湯に入ったように成績を落としていく光景は毎年の恒例だ。今更どうしようもない現象ではあるけれど。

「そういえばGTS部は最近調子いいみたいじゃんか。大海が呼ばれたってのは、やっぱそういうことだべ」

 淳介が言う通り、最近横浜中央のGTS部は成績を上げてきていると聞く。直近のインターハイでも好成績を収めたと。

 特に選手を集めているという話は聞いたことがない。

 元GTSの選手として、そして雅也と裕介が入っている部活として最低限のチェックはしているが、特に昔から有名だった選手が入ったという話は聞かない。

 部活として、勝利のためにしっかりとしたトレーニングをしているのであろう。

 しかしながら、強い部活であるならば猶更俺には関係ない。俺の目的は、「勝つこと」ではないのだから。

 そんなことを考えていると、突如サウナルームの扉が開かれた。

「福良大海君っている?」

 突如現れたその人は、一見すると男子か女子か分からないような、中性的な顔立ちをしていた、

 勿論この時間、サウナにこうして現れたということは男子なんだろうが、優し気で整った風貌をしたその男子生徒はこともあろうに俺の名前を呼んでくる。

「大海ならこいつですよ古井先輩。何か御用で?」

「ややっ、雅也と裕介も一緒とは。今日もサ活とは熱心だねぇ。先輩感心だよ」

 雅也が返事をすると、その古井先輩と呼ばれた優男は嬉しそうに顔をほころばせる。

 こいつらの名前を知っているということは、GTS部の一員ということか。

「ボクは古井修平(ふるい しゅうへい)。キミのことをぶちょーが呼んでてさ。1ローテ目で申し訳ないけど。ととのい終わったらでいいからGTS部の部室においでよ。待ってるからね」

「あの先輩、一体全体何で1ローテ目って気づいたんだ?」

「さぁ……古井先輩はなんか掴みどころがなくて……」

「よく分からない先輩なんだな……」

「でも男色家という話がある」

「掴みどころたくさんあるじゃねぇか」

「仲良くなるとアソコを掴んでくるという話も」

「掴むどころか掴んでくる側なのかよ」

 なんて恐ろしい先輩だろう。やっぱり部活なんてやるもんじゃないな。

 しかしととのい終わったらでいいと、意外と優しいところもある。流石にサウナ優先の文化が染みついているのだろうか。

 お言葉に甘えてしっかりと三回のローテーションを終えた後、雅也と裕介と一緒にGTS部の部室へと向かう。

 裕介はあぁ言っていたが、いくら相手が海城蒼だからとはいえ、消す消さないの話にはならないだろう。

 

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