九章 はじめてのクエスト
「いいか、メインクーン。冒険者になるぐらいならとっくに承知のこととは思うがおさらいしておくぞ。基本は大切だからな」
と、引き受けたクエストの現場に向かう道すがら、エキノドルスはあくまでも『親切な先輩冒険者』を装って、『講義』を行っていた。
「まず、おれたちの住むラ・ド・バーン大陸は魔物や怪物がウヨウヨいる世界だ。そのために人間は昔から〝
エキノドルスは慣れた様子で講義をつづける。口調ははっきりしているし、ゆっくりと、落ち着いて話すので聞き取りやすい。これまで新人冒険者と組むたびに同じことをしてきたのだろう。効果的に騙すためにまず、信頼されることが必要、と言うわけだ。実際、この場面だけを切り取れば、どこから見ても頼りがいのある『良い兄貴』である。
「冒険者の役目としては未踏地の探索、地図作り、魔物や怪物、盗賊団の活動調査、などと言ったものがある。だが、最大の任務は〝
エキノドルスは気持ちよさそうに『講義』をつづける。かの人にしてみれば先輩ぶって教えを垂れることのできる楽しい時間なのだろう。もちろん、エキノドルスの『講義』など、メインクーンにとってはとうの昔に学習済みのことばかり。いまさら、言われなくても分かっていることばかりだ。それでも、メインクーンは黙って『講義』を聞いていた。 エキノドルスはそんなメインクーンをじっと見た。どこか、いぶかしんでいる様子がある。
「どうかした?」
視線に気付いたメインクーンが尋ねた。
「あ、いや、めずらしいなと思って……」
「めずらしい?」
「ああ。たいていの新人はこの話をすると嫌がるんだよ。『それぐらい知ってる、子供扱いするな』って感じでな。なのに、お前は嫌がりもせずに聞いているからな」
「経験者の言うことは聞く主義だから」
メインクーンはそう答えた。それは、トリトン公国にいた頃、師である『誰?』から散々に説かれたことだった。
『それぐらい知っている、などと自惚れるな。経験者の言葉には実際に経験したものでなければわからないエキスが詰まっている。同じことを言っているように聞こえても、経験した内容の違いによって得られる教訓もちがう。そのちがいを見抜き、自らの血肉とする。それが『学ぶ』と言うことだ』
『誰?』は、繰り返しくりかえしメインクーンにそう説いたものだった。
「偉い!」
エキノドルスはメインクーンの答えにてを打ち合わせて叫んだ。
「新人ってのはそうでなくちゃいけねえ。『それぐらい知ってる』なんて生意気な態度を取るやつは決まって初歩的なミスで命を落とすもんだ。おれはそんなありさまを何度も見てきた。残念ながら、な。その心がけを忘れるなよ。そうすりゃお前はきっと一流の冒険者になれる」
「……ありがとう」
「よし。それじゃあ、つづけるぞ」
エキノドルスは見た目ばかりは立派な『面倒見の良い先輩』を装って講義をつづけた。腹の底では
――こいつはやっぱり、人間には従うように躾けられた元奴隷だな。これならカモにするのも簡単だぞ。
と、ほくそ笑みながら。
「さて。魔物や怪物の襲撃によって滅びた〝丘〟には住人の使っていたお宝や資源がそのまま残っていることが多い。それらの宝や資源を回収し、人の世に役立てるのが冒険者の主な仕事だ。しかし、今回受けたクエストはちがう。今回のクエストは〝丘〟そのものの調査だ」
「調査?」
「そうだ。いま向かっている〝丘〟は『シーマンニア』と言って、三〇年ほど前に滅びたとされる〝丘〟なんだが……」
「三〇年? 何で、そんな昔に滅びた〝丘〟をいまさら調査するの?」
「滅びたかどうか分からなかったからさ。辺境の〝丘〟と連絡が取れなくなるのはよくあることだ。だからと言って、滅びたとは限らない。孤立しながら元気にやっている例もある。今回の場合、魔物の生息調査を請け負っていた冒険者がたまたまシーマンニアに立ち寄ってな。すでに誰もいない廃墟になっていることを発見したためにわかったんだ。でまあ、シーマンニアと連絡が取れなくなったのがおよそ三〇年前。だから、『三〇年前に滅びた』とされた。実際には、いつ滅びたのかも分からん。ま、その当たりの調査も今回の仕事のひとつってわけさ」
「ふうん」
「何でも、奇妙な状況だったそうだぜ」
それまで講義はエキノドルスに任せっぱなしで、黙って付いてくるだけだったサジタリアがはじめて口を挟んだ。
「普通、廃墟となった〝丘〟には多くの魔物や怪物が住み着いてるもんだ。ところが、シーマンニアの場合、野性動物が少しばかりいるぐらいで魔物や怪物は全然、見られなかったそうだ」
「そこで……」と、三人のなかでは比較的無口らしいラジカンスが後を引き取った。
「国のほうからシーマンニアに再植民できないかどうかを調査するよう依頼が出た。その依頼を引き受けたというわけだ」
お前さんの審査も兼ねてな。
と、ラジカンスは付け加えた。
「そういうことだ」と、エキノドルス。ひときわ胸を張り、大声を張りあげて見せたのは、他のふたりに講義役をとられかけたからだろう。『このパーティーのリーダーはおれ。新人を教育するのもおれ』というわけだ。この辺り、けっこう子供っぽいエキノドルスであった。
「つまり、おれたちの調査次第でシーマンニアが再び、人の住む〝丘〟として栄えるかどうかが決まるってわけだ。重大な役目だぞ」
まじめくさってそう言った後、エキノドルスはニヤリと笑って付け加えた。
「それに、この手の仕事はなかなかおいしくてな。調査の途中で見つけたお宝や資源はすべて、自分のものにしていいんだ。と言っても、自分で持って帰れる分だけだけどな。それでも、現物はすべて巻き上げられた上に雀の涙みたいな報酬しか支払われない回収の仕事に比べればずっと儲かる。お前も稼ぎたいから冒険者になったんだろう? だったら、気合い入れて行けよ」
エキノドルスはそう言って豪快に笑う。職務に忠実、と言うだけでは本当には信頼されない。適度に欲望に惹かれる人間臭さを出してこそ他人に好かれるし、信頼もされる。プロの詐欺師であるエキノドルスはそのことをよく知っていた。
やがて、シーマンニアの〝丘〟にたどり着いた。それはたしかに『廃墟』と呼ぶにふさわしい有り様だった。人々を外界の脅威から守っていたはずの防壁はすっかり崩れ落ち、原形さえとどめていない。建ち並ぶ家屋はどれも崩れ、もはや『建物』とは呼べない有り様。単に風雨にさらされた、と言うだけでは三〇年やそこらでここまで破損はしないだろう。何らかの力によって破壊されたことは明らかだった。
スンスンと、空気の匂いを嗅ぎながらメインクーンは言った。
「……妙ね。たしかにこの〝丘〟のなかには生き物の気配が極端に少ないわ」
身を隠せる場所の多い廃墟は魔物や怪物、野性動物にとって格好の住み処。普通なら廃墟となった〝丘〟には無数の生物が住み着いているはずだった。
メインクーンの言葉に、エキノドルスはさも先輩ぶって警告した。
「おっと、見た目で決めつけちゃいけないな、メインクーン。ヤバい奴ほど気配を絶つし、うまく隠れているもんだ。新人のお前にはまだ判別できないだろうが、かすかな足跡、落ちた毛や糞尿、そう言ったものを注意深く探し出して見当を付けなきゃいけない。でなきゃ最初のクエストで死ぬことになるぞ」
先輩面してそう言うと、エキノドルスはその場にしゃがみ込んで様子をうかがいはじめた。サジタリアとラジカンスのふたりも同様に身をかがめた。最初に見つけたのは弓使いだけあってひときわ視力のいいサジタリアだった。
「あったぞ。足跡だ。大型の獣か、獣型の魔物だな」
「ほら、見てみろ、メインクーン。と言っても、新人にはわからないだろうがな。ここにかすかな足跡があっておくまでつづいている。ちゃんと住み着いているやつはいるんだよ」
メインクーンは大きく目を見開いて得意げに語るエキノドルスを見つめていた。エキノドルスはその様子を見て先輩冒険者の実力に驚いているのだと思い込んだ。
――すっかり感服しているな。この分ならいつでもはめてやれるぞ、と。
実際はまったく逆だった。メインクーンは感服しているのでもなければ、感心さえしていなかった。呆れていたのだ。『こんなにはっきりした足跡を見つけるのに、あんなに近づかなきゃいけないの?』と。
サジタリアの見つけた足跡などメインクーンには最初から見えていた。空気の匂いから、〝丘〟の奥に大型の生き物が潜んでいることも分かっていた。メインクーンは、気配が『極端に少ない』と言ったのであって『何もいない』と言ったのではないのだ。
もちろん、メインクーンと比べるのはフェアではない。メインクーンは人間ではない。〝知恵ある獣〟だ。その知覚能力は人間とは比べものにならないぐらい鋭敏であり、しかも、生来のその能力を徹底した鍛錬により一層、鋭くしてある。メインクーンを基準にすれば全人類の99.9パーセント以上は『冒険者失格!』となるだろう。しかし、だ。
――トリトン公国の戦士たちだって、もっと簡単に気付いているわ。
トリトン公国にいた頃、戦士団と一緒に何度も魔物退治の任務に出た。だから、分かる。トリトン公国の戦士たちなら――例え、それがほんの下っ端でも――〝丘〟に入った途端、足跡と気配に気付いていた。エキノドルスたちのように身を屈め、舐めるようにして地面を探る必要などない。
――これが中央の『普通』なの? それとも、こいつらが特別、にぶいの?
メインクーンはそう自問した。とは言え、答えの分かるはずもない。答えを出すためには情報がなさすぎる。ギルドの受付嬢はエキノドルスたちをさして『高評価の冒険者』と言っていたのだが……。
――とにかく、もっと付き合ってみるしかないわね。
メインクーンはそう心定めた。
エキノドルスたちは足跡の主を探してマウンドのなかへとは言っていった。いちいち身を屈めて足跡を確かめ、地面に耳をつけて音を探り……メインクーンにしてみれば苛々させられることこの上ない。
「いちいちそんなことしなくたって、どこにいるかぐらい分かるでしょう!」
そう叫んで先頭に立ち、足跡の主のところに直行したいぐらいだ。これがトリトン公国の戦士団ならこんな面倒な進み方をしなくていいのに……。
それでも、とにかく、ようやく、どうにか(以上、メインクーンの心情)、足跡の主を見つけることに成功した。
「カッツァレルだな。危険度Eの四足獣型魔物」
「やろうぜ、エキノドルス。あの毛皮を持ち帰れば結構な金になる」
「……危険度Eか。まあ、あれ一体だけなら心配もないか」
サジタリアが意気揚々と、ラジカンスが少々不安げに、それぞれ口にした。エキノドルスはふたりの言葉にうなずいた。
「よし。仕留めるぞ。メインクーン。お前はまずは見学してろ。先輩冒険者の手際ってものをな」
「……ええ」
メインクーンはおとなしくうなずいた。
そして、エキノドルスたち『鉄のウォールフラワー』による『狩り』がはじまった。
まずはサジタリアが矢を放って注意を引く。怒りに刈られて飛び出してきたところを重装備のラジカンスが受けとめる。そこへ、エキノドルスが長剣を叩きつける。血しぶきがあがり、悲鳴とも、怒声ともとれる吠え声があたりに満ちる。
エキノドルスの剣撃はたしかにカッツァレルに傷を負わせはした。しかし、致命傷と言うにはほど遠い。強靱な毛皮に阻まれ、かすり傷程度の痛手しか与えれない。
それを見てメインクーンは思った。
――毛皮に価値があるんでしょう? その毛皮を傷つけていいわけ?
トリトン公国の戦士たちならこの程度の魔物、素手で立ち向かい、毛皮に傷ひとつ付けることなく仕留めるだろう。その程度のこともできない冒険者って……。
カッツァレルは怒りに吠えて自分を傷つけた剣士に向かった。エキノドルスはカッツァレルの口に剣を噛ませて牙による一撃を防いだ。同時に振るわれた前足による一撃を、ラジカンスが小手に包んだ腕を交差させて受けとめる。その機をサジタリアは逃さなかった。立てつづけに矢を放つ。ブスブスと音がしてたちまちカッツァレルの尻や背中に何本もの矢が突き刺さる。カッツァレルの咆哮が響いた。自分に矢を射かけた無礼者を仕留めるべく、弓使いに向かおうとした。ラジカンスがそれを許さなかった。カッツァレルの前足をしっかりと抱え込み、動きを封じる。カッツァレルが再び吠えた。ラジカンスの頭をかみ砕こうと牙をむく。ラジカンスはその口に小手に包まれた腕を突っ込み、牙による攻撃を不可能にした。そこへ、エキノドルスの剣が叩きつけられ、サジタリアの矢が射かけられる。それを繰り返されてさしもの魔物も力尽きるときがきた。もはや、吠えることもできず、単なる肉塊と化してその場に転がる。
「どうだ?」
エキノドルスは汗を浮かべた顔をメインクーンに向け、得意げに言った。
「これが先輩冒険者の実力ってもんだぜ」
「……ええ」
メインクーンは曖昧に答えた。しかし――。
――何、この弱さ。
心ではそう思っていた。
――力も速さもまるで足りない。動きに無駄が多すぎる。この程度の連中、アコルスなら二〇人いたって蹴散らせる。あのラージリーフだって、一対一なら勢いだけで押し切れる。まして、わたしなら……。
五〇人いたって傷ひとつ付けられずに倒すことができる。
それがメインクーンの正直な感想だった。
――これが『高評価の冒険者』。どうやら、『あの言葉』は本当らしいわね。
「よし、それじゃあ、メインクーン。先輩冒険者の実力を知ったところでだ」
エキノドルスが相変わらず得意げな様子で言った。メインクーンの沈黙を先輩の実力を見せつけられて萎縮した結果だと思い込んだのだ。
「今度はお前が先頭に立ってみろ。おれたちがやったように足跡やその他の痕跡に注意して進むんだ。何、心配するな。危なくなったらちゃんとフォローしてやるから」
「……ええ」
メインクーンは静かにうなずいた。
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