八章 悪しき噂の冒険者

 その三人組の冒険者たちはいずれも声と同様、自信たっぷりの表情をしていた。そのあたりが少々、ウザい感じはしたが、見た目はなかなかな男たちだった。いかにも女にモテそうな美丈夫振りだし、体格もいい。身につけている鎧や武器も質が良い。けっこう稼いでいる腕利きの冒険者。そう見える男たちだった。

 三人組のなかのひとり、おそらくはリーダーだろう、一番偉そうにしている男が一歩、前に出た。『おれさま』と言わんばかりの態度で右手の親指で自分自身を指し示し、やはり、自信たっぷりの口調で自己紹介する。

 「おれはエキノドルス。こっちのふたりはラジカンスとサジタリア」

 エキノドルスがそう言うと、他のふたりはそれぞれに手を挙げたり、声をかけたりして挨拶した。ラジカンスは三人のなかでは比較的背が低く、ガッシリした体つき。冒険者にしては重厚な鎧を身にまとい、盾と斧をもっている。サジタリアはいかにも『人懐っこい少年』という感じの笑顔の持ち主で、矢筒を背負い、小型の弓を肩にかけていた。

 三人とも程度の差こそあれ、人好きのする笑顔の持ち主であり、初対面の相手にはさぞ好感をもたれやすいだろうと思われた。メインクーンが黙って自分たちを見つめているままなのに気付くと、エキノドルスは気さくな笑顔を浮かべて近づき、慣れた仕種で肩に手を置いた。それだけでなかなかの漁色家であることが知れる仕種だった。安心させるように語りかけた。

 「警戒するのは当然だ。おれたちは男で、君は若い娘。しかし、心配は無用だ。おれたちはそろって冒険者家業は一〇年選手のベテランだ。若い娘に不埒な真似をするようならとっくにつかまって冒険者資格も剥奪されている。つまり、一〇年のキャリアはおれたちが紳士であるなによりの証明ってことさ」

 そう言って、エキノドルスはカラカラ笑う。なんとも頼もしい姿であって、まだ若くて経験の浅い冒険者であればすぐにでも兄貴分として頼りにしたくなるだろう。

 エキノドルスはつづけた。

 「それにおれは中級二位、あとのふたりも中級三位だ。立派に新人検定資格をもっている。おれたちに同行して、おれたちの眼鏡に叶えば、君も晴れて冒険者だ。冒険のイロハも教えてやれるし、いい話だろう?」

 「そうね」

 と、メインクーンははじめて声を出した。

 「たしかに好都合だわ」

 「だろう? よっしゃ、決まりだ。なら、さっそく……」

 エキノドルスが勝手に話を決めようとしたそのときだ。ギルドの受付嬢があわてて割って入った。

 「ま、まってください、エキノドルスさん! かの人はまだ右も左もわからない新人です。まだ、伝えておかなくちゃならないことが……」

 「新人だから、おれたちベテランが現場に連れて行って、実践で色々と教えやるんだろうが」

 「い、いえ、ギルドの仕組みとか、冒険者の等級とか、そう言ったことを新人に伝えるのはあたしの仕事ですから……!」

 受付嬢はそう言うと、メインクーンの身を押し、かなり強引に奥の部屋へと連れて行った。

 「どうしたの、いったい?」

 「あ、あの、それが……あの三人はギルドのネットワークに通知されている要注意パーティーなんです」

 「要注意?」

 「はい。たしかに全員、中級の実力者のパーティーですし、実績もかなりのものです。でも、悪い噂もあって、新しく仲間にしたメンバーを平気で囮にするとか、若くてきれいな女性新人冒険者と見ると先輩ぶってクエストに連れ出し、よってたかってひどいことをするとか……」

 言われてメインクーンはさすがに眉をひそめた。

 「つまり、レイプすると? そんなことをしたら冒険者資格を剥奪されて、牢屋行きになるんじゃないの?」

 「そうなんですけど、それはあくまでも犯罪として立証された場合です。クエスト中の行動を正確に確かめるなんて不可能ですし、新人冒険者の死亡率が高いのは残念ながら当たり前のことです。ですから、かの人たちがその……新人女性冒険者を手込めにして殺していたとしても立証するのは非常に難しいことで……」

 「つまり、疑いはあるけど、証拠がないから捕まえることはできない、と?」

 「はい。その通りです。あの三人は拠点を構えず常に移動していますからなおさら、証拠集めもむずかしいですし。それに、新人冒険者が無事に帰ってくるケースもちゃんとあって、その場合は皆、いい先輩だったと感謝しているんです」

 「だったら、そう言うことなんじゃないの?」

 「ちょっと、知恵の回る犯罪者だったらそれぐらいします!」

 受付嬢は思わず声を荒げていた。

 「いつもいつも新人が死亡していたらさすがに疑われますから、例えば、五回中四回まではちゃんと先輩として指導して、残り一回でおいしい思いをする……そんなことも普通にあるんです」

 悔しいですけど……そう言う冒険者がいるのも事実なんです。

 と、受付嬢は唇を噛みしめながら付け加えた。

 「……実際、若くてきれいな女性冒険者ほど死亡率が高いそうですし。噂が事実なら、あなたほどきれいな人……方ではきっと、狙われます」

 受付嬢にそう言われてメインクーンは小首をかしげて考え込んだ。

 メインクーンが受付嬢と奥の部屋で話をしている間――。

 エキノドルスたちも顔を集めて、声を潜めて会話していた。その内容はなかなかに物騒なものだった。

 「……なあ、やっぱり、〝知恵ある獣ライカンスロープ〟をカモにするのはヤバくないか?」

 ラジカンスが心細そうな表情を浮かべながら切り出した。メインクーンの前で見せていた自信満々の笑顔とは対照的な表情。しかも、そちらがいかにも作り物めいて見えるのに対し、こちらはいたって自然なもので、実はただの小心者なのだと言うことが一目で分かる表情だった。

 「〝知恵ある獣〟ってメチャクチャ強いんだろう? そんなやつを引っかけて仕返しされたら怖いって。今回は評判取りの番にしといたらどうだ?」

 ヒソヒソ声でそう提案する。受付嬢の言っていたことはまったく正しかった。毎度まいどレイプして殺害……などと言う真似をしていてはさすがに疑われる。そこで、五回に四回までは良い先輩として振る舞い、残り一回でおいしい思いをする。この三人組はそうして疑いをかいくぐり、ここまで冒険者をつづけてきたのだ。

 「何をビビってんだよ」

 エキノドルスが言った。こちらも先ほどまでの人好きのする笑顔は消え失せて、下卑た本性がむき出しになっている。

 「〝知恵ある獣〟の雌を抱ける機会なんてめったにねえぞ。思い出してみろよ。あの野性的な美貌、引き締まった体つき。おまけにあいつはまだ一〇代。この機会を逃したら一生、後悔するぞ」

 「そ、それはそうかもしれないがよ……」

 ラジカンスの態度はどうにも煮え切らない。そのことに苛立ったのだろう。サジタリアが愛用の弓の弦を弾きながら口を挟んだ。

 「心配いらねえって。たしかに、〝知恵ある獣〟はやっかいだがよ。そいつはあくまで野性の場合だ。野性の〝知恵ある獣〟は人間の町なんかに寄りつきゃしねえ。あいつらは森や野山で暮らす半人だからな。人間の町をうろついてるのは、奴隷として飼われていたやつが戦火に追われるかなんかしてたまたま自由の身になったって場合さ。そんなやつらは生まれつき奴隷として仕込まれているから人間に従いやすいんだ。下手な人間よりよっぽど扱いやすいぜ」

 「そう言うこった」

 サジタリアの言葉にエキノドルスもうなずいた。

 「言っとくが、おれはこの機会を逃す気はねえ。あくまで反対するってえならパーティーを抜けてもらう。分かってるな?」

 ニヤリ、と、エキノドルスは凄みのきいた微笑を浮かべて見せた。ラジカンスは背筋まで凍り付いた。『パーティーを抜けてもらう』、つまり、『悪事をバラされないように殺す』という意味の隠語であることをもちろん、ラジカンスは知っている。ボスにすごまれて――。

 ラジカンスもとうとううなずいた。

 同じ頃、メインクーンは受付嬢にひとつの質問をしていた。

 「あの三人の噂が事実だとして……わたしがそのことを確かめて捕えたら、冒険者資格は発行してもらえる?」

 「え? そ、それはまあ……そんな規約があるわけではありませんが、中級パーティーを捕えたとなれば実力は充分にあるわけですし、現場判断で免許を発行することは可能ですが……」

 「なら、決まりね。それで行くわ」

 「無茶です!」

 受付嬢は悲鳴をあげるのと、飛びあがるのとを同時にやってのけた。

 受付嬢は言葉を尽くして引き留めようとした。だが、一度こうと決めたメインクーンを翻意させることなどできるはずもない。

 実際、メインクーンはグズグズしている気はなかった。さっさと冒険者として名を挙げて、覇者マヤカに会いに行かなければならないのだ。なぜ、自分と母親があんな労苦を背負い込まなくてはならなかったのかを知るために。

 そのためにはギルドが資格審査を用意してくれるのをのんびりまっているわけに行かない。それに、あの三人が実績のある冒険者だというなら同行するのは好都合。かの人たちと比べることで自分の強さが実際にはどの程度のものなのか計ることができるだろう。その上で、悪い噂とやらが本当にただの噂だというならそれでよし。先輩から学べるだけ学ぶだけだ。逆に悪い噂が事実であり、自分を毒牙にかけようというのなら……その程度の罠を破れないようではどのみち、冒険者として名を馳せることなど出来るはずもない。

 メインクーンはそう思い定めた。そのことを受付嬢に伝えた。

 「と言うわけで、気遣ってくれるのはありがたいけど……」

 メインクーンはあくまでも心配そうな受付嬢にきっぱりと宣告した。

 「あの三人と一緒に行くわ」

 メインクーンが受付嬢を従えて戻ってきたのを見て、エキノドルスたちはたちまち人好きのする頼もしい表情と態度に戻った。他はどうあれ、演技者としての実力は本物だった。

 メインクーンは笑顔の演技者たちに伝えた。

 「同行させてもらうわ。よろしく、先輩」

 「おお、そうこなくっちゃな。なあに、後悔はさせねえよ」

 ――どうせ死ぬんだから、後悔する間なんてねえからな。

 と、心のなかだけで嗤いながら、エキノドルスは分厚い右手を差し出した。

 「おれたちのパーティー名は『鉄のウォールフラワー』だ。よろしく頼むぜ」

 「メインクーン。よろしく」

 メインクーンは差し出されたエキノドルスの右手を握った。握手が交わされた。ここに、冒険者の契約が行われた。

 


 

 

 

 

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