第5話「運命の夏休み」

私が彼から離れた五つ目の理由、夏休みの短期留学。




年度末のパーティーから数日が経ったある日。


部屋でぼんやりとしていることが多い私を両親が心配して、夏休みを利用して隣国へ短期留学を勧めてくれた。


母の学生時代の友人(当時伯爵令嬢)が隣国の侯爵家に嫁いだらしい。


両親の勧めで私は母の友人の家にホームステイすることになった。


それが私の人生の転機となることを、その時の私は知らない。


ホームステイ先はローレンツ侯爵家。


かなり歴史の古い名家だ。


ローレンツ侯爵家は四人家族。


母の友人のローレンツ夫人と、その夫のローレンツ侯爵、長男のレイモンド様、次男のフリード様。


長男のレイモンド様は文官をしていて、仕事が忙しくほとんど王宮から帰って来ないらししい。


ローレンツ夫妻から「レイモンドには会えないかもしれないわね」と言われた。


次男のフリード様は私と同じ十七歳。長く美しい黒髪に黒曜石の瞳のスラリとした長身の理知的なタイプの美少年だ。


「やぁ、君がクルツ夫人の言っていた被験者だね!」


私が侯爵家につくなり、フリード様は私の全身を眺めそう呟いた。


「えっ? 被験者??」


「似合わない縦ロール、ダサいリボン、土色の地味なドレス、かさかさの肌……!

 いいね、磨きがいがある!

 僕の開発した美容グッズで綺麗にしてあげるよ!」


ベッヒャー伯爵家の呪いなのか、お風呂に入っても縦ロールはほどけなかった。(形状記憶魔法でもかかっているのか?!)


土色のリボンとドレスは私の趣味なので文句は言えない。


二年間、グリゼルダに因縁をつけられないように地味な装いを心がけていたら、クローゼットの中が地味なリボンとドレスだけになってしまったのだ。


フリード様は極度の研究オタクで学園に通いながら、シャンプー、トリートメント、化粧水、乳液などの開発をしていた。


成績は学年トップで、数々の研究で賞をもらい、彼の開発したシャンプーは王室御用達だそうな。


シャンプーとトリートメントと化粧水と乳液なんて高額すぎて、我が国では王族か公爵家しか使っていない。


それらの物を浴びるほど使ってもらい、プロのエステティシャンによるマッサージを施された。


おかげでベッヒャー伯爵家の呪いがかかっていたと思われる縦巻きロールからも開放された。


フリード様はカッティング技術に長けていて、メイクの腕も一流で、ドレスの見立ても素晴らしかった。


そんな訳で彼の開発したシャンプーとトリートメントと化粧水と乳液を使い、彼に髪をカットして貰い、彼にドレスを見立ててもらった私は、帰国するときには別人のようになっていた。


くせ毛だった茶髪はサラサラに、少し内巻きのセミロングにしてもらった。


かさかさだった肌はフリード様の開発した潤いを取り戻し、幼児のようにプルプルだ。


自国から持ってきた地味な土色のドレス全て協会に寄付した。


代わりにフリード様から桃色や水色やレモン色の最先端のデザインのドレスとドレスと、ドレスと同じ色のリボンやアクセサリーをプレゼントしてもらった。(ドレスやアクセサリーはモニターをしたお礼だそう)


フリード様にコーディネートされ、鏡に映った自分を見て、私は一瞬鏡の中にいるのが自分だとは信じられなかった。


「これが本当の君だよ。

 自信を持って」


フリード様のおかげで、私は粉々に砕けた自信を取り戻すことが出来た。





秋の始まり、短期留学という名の長い夏休みを終えた私は、軽やかな気分で帰国することが出来た。


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