準備完了
改めて考えてみるとやはりイカれている。こんなに縛っちゃゲームにもなりはしない。
「勇者の剣無しで魔王と戦いますよ!」とか「レベル1でラスボス倒しますよ!」なら面白いかもしれないけれど、「仲間も装備もアイテムも無しでラスボスに挑んだら負けました」なんて当たり前に割く時間は皆様お持ちではないのだ。まして今回、リセットはおろかゲームオーバーも許されていない。私達の命は一つしかないのだから。
「面白くなきゃ怪談は定着しないって別に、生きてなくちゃ怪談にもならない、って話じゃないんですが?」
「え、急にキレるじゃん。氷華ちゃん怖いんすけど」
「すみません。この後自由に怒ることすら出来なくなるかもと思うと、負の感情の発露すら尊くて」
「生の実感の仕方が独特」
溜め込んでおくと死後に霊異になっちゃうかもしれないし。自分で言うのもなんだけど、普段大人しいんだからこれくらい許してほしい。
「まあ軽口叩けるんなら上々っすよ。ほんと、氷華ちゃんは落ち着いてて頼りになるっす」
「褒めても何も出ませんよ。因みに頼りになるとは言いますけど、私に出来ることなんてあるんですか?」
囮はお兄さんがやるし、弱らせるのは志途さんがやる。その為の準備も志途さんがメインだし、肝心の封印部分も当然彼女の役目だろう。お恥ずかしながら友達もいないから、怪談の流布っていう事後処理も請け負えない。
「そっすね。お察しの通り作戦としてはおざなりなんで、カバーに入ってもらう感じっすかねえ。私の術の補助、枢さんの補助を臨機応変に、っすね」
「つまるところ何もないってことでは?」
志途さんに及ばないまでも準じるくらいには術師として実力がある、っていうならまだしも、私のそれは二流三流どころか、何の力も持たない自称霊能力者よりはマシってところ。
自分の実力なんて誰よりも分かっているけれど、モヤモヤとした想いは止められない。
「出番がないのが一番なんすよ?」
胸中を察したのか、志途さんが苦笑した。
「巻き込んでおいて何を今更と思うかもっすけど、氷華ちゃんくらいの年頃の子が危険に晒されるのってやっぱ良くないっすよ。いや、大人だから良いってことでもないんすけど」
随分とらしくもなく、まともなことを言う。
少しだけ面食らってしまって、何も考えずに「子ども扱いしないでください」とコンプレックスに対する反感だけが口をついた。
「いやいや、させてもらうっす。別にこれは氷華ちゃんに力が無いから言うんじゃないっすよ? 私はね、子どもには自由があるべきだと思うんす」
「自由、ですか」
「未来を選び取る自由、とでもいうんすかね。どんな家に生まれようと、どんな才能があろうと、自分がどこで生きるかを決める自由。その為には、他の世界を知らなくちゃ。要は、若い内には遊んどきなさいって話っす」
話しながらも志途さんは、規制テープを貼る手を止めない。多分真剣な表情をしているけれど、私の方を見ることもない。
根拠なんて無い勝手な想像だけれど、こっちを見ないのは、そんならしくもない表情をしている理由が、私じゃなくて志途さん自身にあるからだ。
「大人になって余所の世界に目を向けてもね、もう羨むことしか出来ないんすよ。とっくの昔に道が別れていて、どう進んでも交わらない。戻れもしない。それでいて諦め切れない。だからもう、一歩も前に踏み出せない」
まるで地縛霊みたいにね。
そう締めくくって、志途さんは一際強くペグを蹴った。
「さて、でーきたっす」
「……彼岸花、ですか」
気付けば、線路が見えないくらい遠くの方から駅のホームの真横辺り、彼岸花が群生している所まで黄色いテープが伸びている。
「っす。丁度良い場所に咲いてくれてて助かったっすよ」
「
「多分」
球根に強い毒性を持つこの花は、遥か昔から墓地の周りに植えられた。火葬が一般的でなかったその頃、
墓所とセットで想起される彼岸花は一般的には縁起が悪く、
彼岸花の名前の影響はそんなローカルな『都市伝説』のみに留まらず、術師の世界でも実際に大きな意味を持つ。
「彼岸」……現世である「此岸」の向こう側。通常手の届かない、死後の世界に咲く花だ。生きたモノを殺し、生命を持たないモノを幽世に導く、退魔の花。この鮮やかに色付く花は、霊異にこそ強く毒性を発揮する。
「『けてけて』を弱らせてここに誘い出し、花の力を借りて封印する。今回の作戦の概要はここまでっす」
何か質問は? などと聞かれるが、私達に何か口を出す余地などある訳がなかった。
背筋を伸ばす彼女に倣う。意外と長い時間ペグと格闘していたせいで身体に疲れが溜まっていた。
「お疲れ様っす! あとは待つだけっすね!」
そうは言うも、太陽はようやく傾き出した辺り。逢魔が時にはまだまだ遠い。
「お腹減りましたね。志途さん、お弁当とか持ってないんですか」
「持ってねえっす! コンビニ行け!」
そんなもの1時間以上歩かないと無い。ちらとお兄さんを見るけれど、煙草しか持ってないそうだ。
「最悪です」
「ごめんなさいって。終わったら焼肉奢りますから」
「約束ですよ」
ホームに備え付けてあるベンチに腰掛ける。隣に座った志途さんがニヤニヤと笑った。
「生きる気満々じゃないっすか」
当然。先行きに希望ばかりだと思えるほど素直じゃないけれど、世を儚むほどには捻くれてない。こんな所で死んで良いと言えるほどに生きてもいない。
それに。
「さっきの自由がどうとかって話も、考えなくちゃなりませんからね」
私の生きる場所はお兄さんの隣だけれど、このままズルズル霊異の世界に引きずり込まれたくはないし。志途さんに言われるまで、無意識にそれを受け入れていたような気がするのが恥ずかしい。根付いた生き方は、そう簡単には変えられないということか。
私の言葉に、彼女は呆気にとられたように目を丸くして、それから優しく微笑んだ。
「別に今から逃げても良いっすけど」
「お兄さんも連れてって良いなら」
「駄目っす」
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