キープアウト
「まあそれは、ええ、正面から闘えないからお二人を頼ったわけなんでえ」
言いづらそうにもじもじと身体をくねらせる彼女に、お兄さんははっきりと、
「囮だね?」
「……っす」
「じゃあ僕が適任だ」
止める間もなく彼は言った。やめて、と叫ぼうとした喉が締め付けられる程の、覚悟が決まりきった顔で。
お兄さんのシャツを握り締める手がぎちりと音を立てる。
「唯一攻撃手段を持った志途ちゃんは当然除外されるし、氷華ちゃんを囮にするなんて僕が許さない。じゃあつまり、そうだよね?」
説明なんてされなくても分かっている。でも理解ができるのと納得できるかは別の話だ。尚もお兄さんを掴んで離さない私に、お兄さんはさっきの言葉を繰り返す。
「僕は死なないよ。知ってるでしょ」
「それでも私は、死んで欲しくないんです」
だから私もそうした。
これ以上言葉を重ねても無駄なのはお互い様。
俯く私と苦笑するお兄さんに気を遣ったのかそうでないのか、殊更に明るい声で志途さんが言う。
「纏まったところで細かい話するっすよ! 『けてけて』は説明した通り、無数の腕に無数の武器を携えてるっす! それを掻い潜って一撃与えるのは、すみません、無理!」
「そこで僕の出番だ。どうすればいい?」
「凶刃の十本か二十本受け止めてくださいっす!」
「分かった」
分かるな。
「志途さん?」
「っていうのは流石に無理なんで、普通に逃げ回ってください。隙ができた所で、私が頭か横っ腹にこれぶち込んでやるんで」
作戦というには随分おざなりでは?
「仕方ねえでしょー。シンプルにフィジカルが強い霊異に小細工なんて効かねえっすよ。私の手札もそんなにないし。申し訳ないっすけど」
「ううん、頑張るよ」
お兄さんは強がりでも
志途さんは「恐れ知らず過ぎて冗談も言えねえっす」なんて苦笑する。あんまり見ない表情だ。
少し分かる。お兄さんは一般的な人間とはズレていると思う。こんな短い人生で何を偉そうな、と思われそうだけれど。会話をしていると調子が狂うのだ。
コホンと咳払いをして、志途さんは真剣な顔を作った。
「だからって小細工しないってことではないっすけどね。やれるだけのことはやりますよ」
「それは? 志途ちゃん」
「標識作るときについでに作ってたやつっす」
取り出されたるは黄色いテープ……黒字で「Keep Out」と書かれている。妙に見覚えがあると思ったけれど、その既視感はテレビの中だ。主に刑事ドラマ。事件現場と平和な日常を区切るための、かの規制テープそのものだ。
触るまでもない、これもまた彼女が心血を注いで作り上げた退魔の道具だろう。
「直接的な攻撃力は期待できないっすけど、『止める』って一点においては標識より効くはずっす」
「またあなたは珍妙な……」
「昔ながらの術とか性に合わないんすよ。ろくに読めねえ漢字でいっぱいの紙切れじゃテンション上がんねーっす」
文化の変容は当然なれど、それを護ろうとするのが連綿と続く名家の人間な気がする。この人がこんな田舎に派遣されたのって、能力が足りないからじゃなくって、年寄りに嫌われたからなんじゃ?
ただそれを受け入れられる柔軟さが、彼女の技術の根底にあるんだろう。イメージ出来なきゃ術は力を発揮しない。伸び悩んでいる術師は、そういう殻を破れない頭でっかちなのかもしれない……花薙本家でこんなこと言ったら怒られそうだ。
「真似してもいいっすよ」
「やりたくても出来ませんよ。基礎もできてないんですから」
「勿体無いっすね。知識の不足は無さそうなのに」
「だから知識ばかり蓄えた、っていうのが正しいところです。それに、私が花薙から出たのは、才能がないからじゃないので」
どちらかと言えば私も頭でっかちの側……実戦経験がないからもっと酷い。自分の得手も不得手も分からないうちに足抜けしたのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます