不安

「まあ当たれば流石に効くと思います。肌感覚になっちゃうんで申し訳ないっすけど」


「いや、実際に『けてけて』を目の当たりにした志途ちゃんが言うんだ、信じるよ。僕にはそれに込められた力も感じられないから、信じるしかないっていうのが正直なところだけど」


 どこか情けないお兄さんの言葉に、志途さんはどんと胸を叩いた。意外にも頼もしい。


 実際これほどの武器はそうないだろう。伝承にあるような物とは流石に比べ物にならないが、個人がこの短期間で用意できる物としてはかなり上物だ。少なくとも「花薙」で訓練中に使い捨てられる刀剣の類よりは良い。悔しいが一流なのだ、志途さんは。


 多分大丈夫ですよ、とお兄さんに言ってあげる。志途さんはそんな私ににっこりと笑んでから、背中を向けてぼやいた。


「いやーぶっちゃけあの規模の霊異は、術師複数人でかかるのが当たり前だと思うんすけどね……現状分の悪い賭けというか、縛りプレイといいますか……」


 ちょっと。


「聞こえてる聞こえてる。ここまできたら最後まで強がってよ、どういう感情なのそれ」


「ここで二人に逃げられたら私にはもうどうしようもないっすから! 嘘でもなんでも大丈夫って信じ込ませないと!」


「嘘って言ったよこの子」


「もう絶対逃がさないっす!」


「おや。もしかして志途ちゃんも『けてけて』の怪談の一部なのかな? 怪談を流布する役目を持ってる……あ、聞いたら現れるってそういう」


「ねえ今からでも遅くないですから、応援呼びましょうよ。あるでしょう? そういうホットラインみたいなの」


 戦時中でもあるまいし、志途さんの仕事もまさか国に殉じなさいとかそういうものじゃないだろう。通常の人間とは違う術師にも、人権くらいあるはずだ。


「だーいじょぶっすよ! ね! ここまできたらもう退けねえでしょ!」


「なんでそうも頑ななんですか」


「こんな田舎に派遣されてる私に立場なんかあるわけねえでしょうが! もう上司にイヤミ言われるのは嫌っす!」


「開き直りましたよこの人」


「これが大人ってことなんだよ、氷華ちゃん」 


 ほろりと涙をこぼしながらお兄さん。

 『けてけて』に巻き込まれたと思ったら、国だか大人の事情だかにも巻き込まれて、命の危険に晒されてるのか、私は。


「子どもを護るものなんじゃないんですか、大人って」 


「おっ、こんな時ばかり子ども扱いして欲しがって! 大人っすね、氷華ちゃん!」


「この!」


「暴力反対っすー!?」

 

「ど、どうどう。氷華ちゃん、落ち着いて」


「離してくださいお兄さん! 一発! 一発だけです!」


 本当にこの人は! 人の命をなんだと!


「あなたといると大人の悪いところばかり思い知りますよ、全く!」


「そうして少女は大人になるんすよ……」


 まだ言うかこの人は。


「氷華ちゃん、後で一発殴らせてあげるから今は我慢しよう。戦力削がれちゃうから」


「む。お兄さんが言うなら」


「え、ちょっと枢さん? というかどんだけ強く殴る気なんすか!?」


「子どもの想いを受け止めるのも大人の仕事だよ。志途ちゃん」


「枢さんには言われたくねえっす! いっつも逃げ回ってるくせに!」


「ぐふっ」


 それに関しては同感。

 じとっと睨みつけてはみるも、お兄さんは目を合わせようとしない。


「……もうやめましょう。不毛です」


「大人っす」


「大人だね」


「うるさいですよ」


 仲間割れなんてしてる場合じゃない。

 期せずして肩の力は抜けたけれど(或いは志途さんの分かりづらい甘えだったのか)、目の前に迫る脅威は変わっちゃいない。


「で、結局私達は何をしたら良いんです? 一人じゃどうしようもないとは言いますけれど、私達にできることなんてたかが知れてますよ」


 まともに修行なんかしてきていない私にできる事といえば、志途さんの足元にも及ばない超基礎的な結界術、護身術程度のものでしかない符術くらい。件の『けてけて』を目の前にすれば、一秒と保たない脆さだろう。


 お兄さんに至っては専門的な事など何もできない。体格や性別もあって基礎的な体力は最もあるだろうけれど、常人の域を出るものじゃない。

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