きっと助けを求める声さえも

『都市伝説』というもの

 ガタゴトと電車に揺られながら窓の外を見る。遠くの方に薄らと富士山が見えた。今日は良い天気だ。こんな日はのんびりと散歩でもして、草花を愛でたいものだけど、いくら現実から目をそらそうとも、聞こえてくるのは薄暗い話。車輪の音はともかくとして、志途さんの声はBGMにするには気に障る。


 太陽が昇り切って間もなく、街の中心部から離れる車内は、常とは違って閑散としていた。座ればいいのに、志途さんは両手で吊革にぶら下がるようにしてこちらを見下ろしている。


「偽物とは言いますけど、『都市伝説』なんて得てしてそういうものじゃないっすか? 人を脅かすために尾ひれ背びれがつきまくって、いろーんな話のエッセンスがごちゃまぜになって、名前だけが違うみたいなのばっか」


「言ってることは分かりますけど……」


 漫画やアニメでもそういうのは結構見る。娯楽に溢れた現代、完全新作とかオリジナルとか謳っていても既視感を覚えるのは当たり前。人間が人間のままなんだから、好ましいものもそう簡単に変わらない。そういったものを王道だとか売れ線とか言ったりするのだろう。或いは様式美。

 他作品からそういう良いところをとって味付けをすること自体が難しいんだろうから、そこにわざわざ文句をつけるような無粋な真似はしないけれど。


 しかしそれにしても「けてけて」はちょっと。属性を盛ったり、話を付け加えたりするのはともかく、主人公が変わっている。それがこの拭いきれない胡散臭さの要因だと思う。


「ほんと末期っすよ末期。最近じゃ誰も怖がらなくなって、どれがどれか分からなくなって、エンタメで消費されるだけになって、怪獣VS怪獣みたいになって、挙げ句の果てにはエッチなのになってるじゃないっすか!」


「いや知らないですけど」


「志途ちゃん。気持ちはわかるんだけど、氷華ちゃんは中学生だからね?」


 子供扱いは遺憾ながら、こうやって両耳を塞ぐみたいなスキンシップは大歓迎。お兄さんって思春期真っ盛りみたいな人で全然触ってくれないから。ほとんどあすなろ抱きみたいな格好で冷や汗を垂らすお兄さんとか激レア。


「うわっ、ほら! 見てくださいよ! トゥイッターで検索したらえっちなのばっか! はー不謹慎ー! えっぐいっす!」


「志途ちゃん!」


「うわあ。擦られ続けて原型なくなって挙げ句の果てに脱ぐってアイドルみたいですね」


「こ、こら! やめなさい氷華ちゃん! 今のインターネットはすぐ燃えるんだよ!」


 それこそアイドルでもなんでもない田舎暮らしの中学生なんだからそうそう問題なんか起きまい。


 さておき。

 

「まあ、界隈ではアイドルと言って差し支えないくらいにはビッグネームですよね」


 志途さんが言うには大物。


 他の『都市伝説』の例に漏れず、学校周辺、主に下校時に見られるとされている下半身のない女性の霊異。両腕のみを使って器用に動く際の音から「てけてけ」と呼ばれている。

 彼女の由来は基本的に不幸な事故であるとされている。

 

 いつかどこかの寒い場所。線路上で電車に轢かれた女性の身体が上下に分断される事故が起きた。通常なら即死するはずの大怪我だったが、幸か不幸か余りの寒さに流れ出る血流が止まり、彼女は上半身のみの姿で少しの間生き延びていたという。

 その苦痛からか、或いは助けを求めても応えてくれなかった事への恨みからか、彼女は死後も現世に留まり、失くした自分の脚を探している……その過程で、生きている人間の脚を奪って殺すとかなんとか。


「でも、それじゃないんでしょ。亜種って言うくらいだから近しいものではあるんだろうけど」


「そっすね」


「そもそも『都市伝説』の霊異が本当にいるっていうのが私には不思議なんですよ」


 さっき志途さんが言った通り『都市伝説』には尾鰭が付きもの。どこからどこまでが原型かなんて分からなくなるくらいには。

 その原因の最も大きなところは「遭遇しないから」というのが挙げられる。


 『都市伝説』は基本的に、志途さんの話じゃないけど、「驚かせること」が主たる目的。学校周辺でよく見られる、なんて特徴がその表れ。


 『都市伝説』は基本的に、怪談話の反応が良い「学生」をターゲットにしている。一定の人数が担保されていて、物事の理に未だ疎くて、思っているより顔が広い。

 面白がってくれて……ニアリーイコールで怖がってくれて、その上で良く広まる。語り手が気持ちよくなって話を盛るのは『都市伝説』に限ったことではないが、歴史の深いその他よりは確率が高い。例え反応が悪くても、怖がるまで付け足せるライブ感もあるのが、歴史の浅い怪談の利点でもある。そのせいで元の形から遠ざかっていくんだけれど。


 だから『都市伝説』の怪談話はテンプレートが非常に多い。やっぱり当事者意識を持ってほしいから学校周辺が主な舞台だし、語り手になる学生の知識なんてたかが知れてるから他の『都市伝説』と似通うし、「この話を聞くと〇〇日以内に目の前に現れる」なんて必殺技もある。そうまで言われればどれだけ豪胆な子どもでも「もしかしたら」と疑心が鎌首をもたげて、暗闇を避けたがる。規模は小さくとも、これが志途さんの言う『夜の復権』というものだろう。


 しかしそれは一時的なものだ。この必殺技は、その瞬間にのみ効果を発揮する諸刃の剣。実際に出逢わなければ「あの話は嘘だったんだ」と思われる。

 何か条件をつけてその運命から逃れるっていうのもテンプレートの一つ……例えば「〇〇日後までに〇人に話せばこの呪いは消える」とか……で、悪足掻きのように寿命を伸ばしたりもしていたが、事実として『都市伝説』のブームは世紀を跨がずに霧のように……霊異のように消えている。


 それはやっぱり『都市伝説』の霊異を見た人間がいないから……転じて、『都市伝説』の霊異は実際にはいないから。


 少なくとも霊異の専門家達はそう結論づけた。


「へえ」


 二人は同じ言葉を発したけれど、その意味するところは随分と違う。

 霊異の世界に疎いお兄さんは素直な感心。しかし志途さんのそれは、少なからず嘲りが含まれていた。


「何か言いたいことでも?」


「いやそんなそんな。流石は花薙はななぎ家のご息女だなあって思っただけっすよ。褒めてます!」


 どうだか。


「……もう私と花薙の家にはなんの関係もありませんよ」


「未だに花薙氷華はななぎ ひばなと名乗っているのに、っすか?」


「花薙の名を捨てる日はお兄さん次第なので」


 ね? とお兄さんの顔を見上げると、彼は困ったように笑って撫でてきた。頭ごなしに否定されないだけ良しとする。


「罪深いっすねえ」


「いいんですよ、そんな話は」


 良くないんだけれど、今すべき話じゃないのは確か。


「ねえ志途さん、さっきの話、間違ってないんですよね?」


「はい?」


「共通認識なんですよね? 『都市伝説』の霊異なんていないって」


 お兄さんと違って、生まれてからずっと霊異の世界にどっぷり浸かってきた側でしょう? あなたも、私と同じで。


「噂話の出処は分かりませんが、普段のあなたならそんなもの一笑に付すところでしょう」


「お、私のことちゃんと見てくれてるんすね! 嬉しいっす、氷華ちゃん!」


「まあ、面白ければどんなに低い可能性だろうと確かめに行きそうな、ただの快楽主義者にも見えますが」


「えー!?」


「ともかく」


 抗議してくる志途さんを無視して続ける。


「確信もなくあなたが私達を頼ったりはしませんよね?」


 尚も濁そうとする志途さんにお兄さんが言った。


「見たんだね? 志途ちゃん──『けてけて』」


 けたけたと悪戯っ子みたいに笑いながら彼女は「バレました?」などと宣った。


「因みに」


 その次の言葉は予想がついた。思わず重苦しい息が漏れる。お兄さんもいつもの微笑みを引きつらせた。


「この話を聞いた人の所には、もれなく『けてけて』が現れるぽいっす!」


 強引な上、巻き込む事に躊躇ないなこの人。

 こんなことならずっとお兄さんに耳を塞いでいて貰えばよかった。

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