序章ー2 「口を閉ざせ」

辺りは再び静寂を取り戻す。

『それ』は埃を払いながら立ち上がる。


「もういいか?出発の時間だ。道中、もう一度ここの世界と仕事の内容を説明してやる」


もう一度か、何も思い出せないからな。


「聞きたい、やるしかないんだろ。でもその前に1つ質問だ」


言い終わるとレイも立ち上がり、奴を見る。

そう、聞かなければいけない。以前行った面接でも『それ』は自分のことを一度も話さなかった。

これから仕事をするのだから、知っておかないといけないだろう。奴の素性を。


「あんたは一体何者でなんて名前なんだ?人間じゃないことは良く分かったけど」


「…ふぅん、どう見える?」


「魔法…使い…とか?」


姿形を変えて、空から人を落とす。突拍子もない話だが、実際この表現が一番しっくり来た。


「違う、違うぞ新入り。俺がいつ呪文を唱えた?箒に乗って空を飛んだか?立派な杖を持っているように見えるか?」


「クイズをしたいんじゃない…、言えよ」


「俺が誰であろうと関係ない。お前が気にすることはもっと他にあり、俺について知っておくべきことは1つ。俺が雇用主でお前は派遣された労働者という事実だ」


『それ』の話は遠回しだ。探られるのを拒み何かあればすぐはぐらかす。仮にも雇用主を名乗るなら、もっと労働者が信用できるよう努力したほうが良いのではないか。


「喋りたくないんだな、もういいよ。なら何て呼べばいい?まさか名前も言いたくないなんて言わないよな」


「カッパルファ・ミューイ・オタ、しがない旅商人だ。相手が望むものを与えるのさ」


「河童…?え?」


馴染みのない発音にレイは返答に困った。


「オタと呼べ」


面倒そうに告げると、オタは口笛を吹きながら茂みに向かって歩き始めた。


「鉄オタ、ドルオタ、アニオタetc。まぁ、これなら覚えやすいか」


別に日本人っぽい名前は期待していなかったが、もっと名前っぽい名前を想像してた。なんてことを思いながらもレイはオタの後に続いて歩き出した。


――


今歩いているこの道は整地されているとは言い難い上、辺りは森だ。今にもなにかが出てきそうなほど鬱蒼うっそうとしていた。

もちろん電灯はない、空を見ればいつも目に纏わりついた電線も。

ということは、電気のある現代ではないということになる、あるいは田舎か。

2人の歩く道を月明りだけが地面を照らす。


「…月はあるのか。明かりがあるのは幸いだな」


空に神々しく光る球体は、まだ派遣されて僅かだというのに妙に懐かしく感じた。

その明かりをもってしても暗いが、まだましだ。オタは相変わらず口笛を鳴らしているが、散歩でもしているかのように歩いている。こっちは今にも転ばないかと冷や冷やしているというのに…。

すると口笛と歩みを止め、オタは答えた。


「正確にいうとあれは月じゃない。が、まぁ月と思ってそう呼べばいい」


「ってことは星とか太陽もあるのか?」


レイがそう聞くや否やオタはこちらを振り返る。


「天体が好きだとは初耳だ。なら、新星を見つけたらそれをぜひ教えてほしい…いつかな」


「説明する気がないならそういえばいいだろ、まったく。ここは違う世界なんだろ?ただちょっとした好奇心で聞いただけだ」


レイが答えると、オタはこちらの目をまっすぐ見て不敵な笑みを浮かべる。

笑っていないオタの目は、月に照らされより一層不気味に見えた。


「好奇心か、その意気だ。好奇心は偉大な冒険を生み出せるからな。お前の仕事も冒険に満ち溢れたものにするといい…」


そういうと両手を合わせ軽いお辞儀する。顔を上げるなと、また歩き始めた。


「(オタの言葉は本心だろうか、はたまた何か警告めいたものなのだろうか)」


オタが続けた、まるでこちらの心の内を読むかのように。


「ははぁ、大丈夫だ。俺の第六感がきっと上手く事が運ぶといっている」


やっぱりこいつは気味が悪い。


「そんなことより、そろそろこの世界と仕事について説明してくれ。後、どこへ向かっているのかもな」


はやく本題に入りたい。これについては喋ってもらえなくては困る。

オタは道の小石を拾うと遠くへ投げながら答えた。


「まぁなんだ、この世界の知識の大部分はお前の仕事には必要ない。知りたいことは現地のやつらに聞けばいい、そのくらいはやれ。俺から言うとしたら、お前の立つこの泥の上は、[グレツカ]という名の君主国の土地だ」


「君主国…、トップがいるのか」


「安心しろ、冠とは無縁だ。関わる必要はないからな。欲しければ仕事をこなして願えばいい」


「そういうと思ったよ。それより派遣って聞いてからずっと疑問に思ってたんだが…、俺は完全に部外者だ。名前とか言語の壁とか服装とかいろいろあるだろ。まさかそういうのも仕事して願えっていうのか?」


不安にもなる。レイが思うご都合主義とやらが正しければ、目覚めてすぐに会うのは目の前のおっさんではなく美少女で、手に入るはずの力はまだなにもない。

オタはそれすらも仕事の報酬と言い放った。ましてや諸々の問題さえ願うことが必要となれば途方もない時間が必要になる。

いや、時間があっても難しい。ただでさえ、前の世界の使っていた言葉だって怪しいというのに。



「はぁ…、ぱんっ」


直後、オタはため息をつくと気だるそうに手を叩く。







――いっ。


――痛い?痛い!痛い!?


――割れる!頭が割れる!!


ガンガンと釘打ちされたような痛みから逃れようと、朦朧とするレイは地に伏せ固い土に頭にこすりつける。

彼は幸運だった。派遣前に直面した死は一瞬で、痛みを感じる暇さえなかったのだから。


「ぅ……、フッーッフー」


だが今は違う、声にもならない呻き声を上げながら悶える。

顔を赤くし、口を空気で満たし鼻を広げる。きっと酷い絵面を晒しているのだろう。


オタは近づき、うずくまったそれを見下ろす。


「ビ・・ィ・バビ・・・ゥ・」


何か言っている。


(あぁ…それの最後は…ブ…)



遠のく意識はついに失われた。


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