第73話 婚約続行

「まずここで一番大事にせねばならぬのはヴィオレッタ嬢の立場と気持ちじゃ。違うかな?」


 魔導士ウルマノフは我先にと話の本題に触れた。


「おっしゃるとおりです。それにしてもあの場で機転を利かせて下さったこと、感謝いたします。おかげで息子やヴィオレッタ嬢への傷も浅くてすみそうですわい」


 国王が改めてウルマノフに礼を言った。


「機転というか……、わしけっこう本気だったんじゃがの。どうじゃろ、お嬢さん」


 人懐こい笑みを浮かべて、老魔導士は再び何も持っていない手から薔薇の花をさしだした。


「あーっ! ジイさんまたとんでもねえことを……」

 窓の外で聞き耳を立てていた少年ヴォルフが頭を抱えた。


「え、えっと……」

 ヴィオレッタがうろたえる。


「どうじゃの?」

 老魔導士さらに尋ねる。


「あ、あのっ、申し訳ありません!」 

 ヴィオレッタが深々と謝罪し拒絶の意を示した。


「やーい、ふられてやんの。まあ、当然だけどな」

 窓の外からヴォルフが揶揄した。


「ははは、みっともないのう。はっきり言って馬鹿ではないのか」

 そう言って笑ったのはナーレン王太子である。


「非常識な宣言で彼女の名誉を傷つけようとした御仁がウルマノフ殿を笑う資格はないと思いますが?」

 ノルドベルク公子がナーレン王太子をいさめるように言った。


「いまのは公子が正しいの、王太子よ」

 父である国王にも言われナーレン王太子は小さく舌打ちをした。


「とにかく、ヴィオレッタ殿の気持ちじゃ。そうじゃろう」

「そうじゃの、遠慮せずともよい、そなたはどうしたい、ヴィオレッタ嬢よ?」

 ウルマノフが言い、その言葉に続いて国王が尋ねた。


「わたくしは……」


 ヴィオレッタが遠慮がちに口を開いた。


「わたくしは?」

「わたくしは、なんじゃ?」


「許されるのであれば、このまま王太子殿下の婚約者のままでいとうございます」


 ヴィオレッタは答えた。


「ふうむ、それでいいのか、本当に?」

 魔導士ウルマノフが念押しに聞いた。

「はい、あの…」

「あの、なんじゃ?」

「王太子殿下は『スゴイ』方だと思います」

「う~む……」

 ヴィオレッタの最後のセリフにウルマノフは考え込んだ。


「正気かよ、あのお嬢様……」


 窓の外で彼女の答えを聞いたヴォルフは唖然とした。


「お姉さま何考えてるの? どう見たってあっちの方がいいでしょうが!」


 サフィニアも呆然とした。あっちとはユーベル・ノルドベルクのことである。


「ははは、偉そうに余にものを申しているが、女の方の答えははっきりしておったようじゃな」


 ナーレン王太子はユーベル・ノルドベルクに向かって、してやったりという表情で笑った。


「それでは私の立場はどうなるのですか、王太子さま?」


 ロゼッタがすがるように王太子に聞いた。

 ノルドベルク公子に対抗するのにてんぱっていた王太子は、今まですっかり忘れていた愛人ロゼッタの存在をどうしようかと困惑した。


「王太子さまぁ…」

 目を潤ませながら王太子を見つめるロゼッタ。

「う、うう…、まあ、その……」

 返答に困っていた王太子だが、しばらくすると意を決したように、

「そうだ、ヴィオレッタ。そなたがどうしてもというなら私も鬼ではない。約束通り正妃として迎えてやろう。その代わりロゼッタを側妃として迎えることを認めるのだ」

 と、婚約者に対して身勝手な提案をした。


「ならぬぞ、王太子! 側妃を迎えるのは正妃との間に世継ぎが望めぬようになってからだ。そもそも男爵家の庶子では側妃にするにも身分が足りぬわ。どうしてもというのなら王太子の身分を返上せよ。そなたの下にも王子は三名いるので後継ぎには困らん」


 国王は最初の王妃サントリナが病に倒れてから、三人の側妃を娶り、ダリアが一番最初に王子ナーレンを産み、家格も彼女が一番高かったのでサントリナの死後王妃の座に就いた。ダリアが産んだのはナーレン王太子のみ、他の二人の側妃もそれぞれ一人と二人、皆まだ十歳前後であるが計三名の王子がいる。


「なりません、それだけはっ!」


 王妃ダリアが激高したように叫んだ。


「決まりなら変えればいい。側妃を迎える基準もそれにその身分の上限も!」

 ナーレン王太子が性懲りもなく主張する。


「よいか、生まれながらの高位貴族とそうでない者とでは礼儀や教養に天と地ほどの差があるのじゃ。王族にふさわしい素養のない者を迎え入れればいらぬ面倒が起こる。今ですら娼婦にたぶらかされた王太子などと評判が著しく下がってきておるものを!」

 国王が厳しい口調で説明した。


 王太子は完全に板挟み状態であった。

 そして国王や王妃もまた、すでに人々に知れ渡っている男爵令嬢ロゼッタの存在をどうしたらいいものか、考えあぐねていた。


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