第72話 猫と子供と魔導士と
サフィニアは納得できなかった。
自分だって昨夜の王太子の爆弾バカ宣言に絡んだ人物の一人だというのに、話し合いの席からから排除されたことを。
人々が集められた部屋は幸いにも一階にあった。
だからサフィニアは窓に張り付き、中の会話を盗み聞きしようとしていたのだ。
窓枠の出っ張りに手をかけ背伸びをして中の様子をうかがっていたが、そこにはもう一人同じように窓辺に張り付く子供がいた。昨夜のパーティで魔導士の老人と一緒にいた少年である。
「聞こえにくいな……」
少年はぼやいた。
確かに窓に張り付いたはいいが、中の会話はあまりはっきりとは聞こえない。
「何やってるの、ガキンチョども!」
少年とは別の声が響いた。
サフィニアと少年はあたりを見回したが誰もいない。
どういうこと?
「窓に張り付いたってどうせ聞こえないわよ。子供がこれ以上首つっこむんじゃないわよ」
再び声の聞こえた方を向くと小さな黒い生き物が窓の出っ張りに座っていた。
「「ひゃっ!」」
少年と少女はびっくりして尻もちをついた。
「「ね、ねこ……」」
「シーっ、静かにして聞いてるんだから」
黒猫は二人に黙るよう命じた。
「「猫がしゃべった!」」
まあ、その反応はお約束通りだったけど、子供たちの驚きにクロは集中力を削がれ顔をしかめた。
「猫が人間と同じ言葉でしゃべっちゃ悪いの? あたしは精霊王の眷属のクロよ」
「精霊王……? 伝説の?」
少年の方がいち早く気を取り直しクロに聞いた。
「そうよ、静かにして」
「さっき聞こえないってったじゃん」
「あたしは特殊能力で中の会話が聞き取れるのよ」
「だったら俺にも聞かせてよ。あのジイさんがまたなんかやらかしてやしないかと気になって仕方がないんだから!」
少年がクロにせがんだ。
「あたしも、あたしも! だいたい当事者の一人だっていうのに年が若すぎるってだけでハブられるなんて理不尽よ!」
サフィニアも気を取り直しせがんだ。
「このガキンチョども。適応が早いわね。しょうがない、だったらもっと私のそばにきて。盗聴するための術の範囲がそんなに広くないんだから」
やったーと言って子どもたちはクロに近づき再び窓の出っ張りに手をかけた。
「あたしはサフィニア」
「俺はヴォルフっていうんだ」
二人の子どもはそれぞれ名乗った。
「ねっ、クロってやっぱり毛の色から?」
サフィニアはクロに聞いた。
「あんたね、聞くのかしゃべるのかどっちかにして」
クロはサフィニアにくぎを刺した。
子どもたちとクロは沈黙し中の様子をうかがった。
中では国王が魔導士の老人に話しかけているところであった。
「おお、ウルマノフ様でしたか、お懐かしい!」
「そなたはふけたのう」
「かれこれ二十年以上ですからな」
「そうじゃそうじゃ。あの時は、わしの弟子のレーツエルが故郷のシュウィツアーに引っ込みたいというから一緒についていって、その後フェーブルにも行ったんじゃった」
「まだわしも即位したばかりでしたから」
「奥方も変わったようじゃの?」
最後の一言で場の空気がピリッとなった。
フェーブル国王は即位と同時にサントリナという女性を妃に迎えた。しかし彼女は娘を一人残して世を去り、その後、第一王子ナーレンを産んだ側妃ダリアが王妃の座に就いたのである。
空気を換えるために国王が話題を変えた。
「それにしても、ウルマノフ殿は今回どういった要件で我が国にお越しになられたのですかな?」
「おお、それな。実はな、我らが魔導士の拠点オルムに研究のための塔を建設しようと思ってな。資金援助してくれる王侯貴族を募っておるのじゃ。それでわし自身も老骨に鞭打って交渉にやってきたというわけよ」
「ほほう、研究?」
「ああ、さらに素質のある若者たちの技術を磨くための本格的な学校の設立も考えておる」
「そのお話後で詳しく聞かせていただけますかな。この場は別のことを話し合うのが目的ですので。それにしても二十数年たっても変わらず精力的に活動されている様、本当にうらやましい。わしは寄る年波のせいか、最近は寝たり起きたりの生活なのです」
「そうですか、わしは医術の心得もある。少し診てしんぜようかの?」
「おお、それはありがたい」
雑談で空気が若干和んだ。
「ジイさん、珍しくまともな話してるじゃねえか」
お付きの少年ヴォルフは盗み聞きしながらそうつぶやいた。
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