第69話 これも逆ハー?

 青井笑美が目覚める前のサフィニアは、母の尻馬に乗って継姉を虐める質の悪い少女であった。


 両親ともに継姉ヴィオレッタを常に嘲り罵っていたので、サフィニアは彼女を下に見ていたし、母の進言をもとに彼女を困らせたり傷つけるような言動をすれば、逆に褒められるので悪いことだとは思わなかった。


 わたしって今までこんなに美しく優しそうな女性を虐めていたわけ?


 アッシュブロンドに青紫の宝石のような瞳、卵型の輪郭の穏やかそうで整った顔立ち、体つきも均整の取れた十七歳のヴィオレッタを見て、笑美の意識が入ったサフィニアは自己嫌悪に陥った。


 そのヴィオレッタは王太子の非常識で心ない言動に堪え、一人それに立ち向かっている。


 勝ち誇るように王太子に寄り添うロゼッタ嬢。


 物語の定番だとさらに宰相とか騎士団長など国の重要人物の息子たちも篭絡されていて、一緒に悪役令嬢である彼女を断罪しているところだ。


 でも、それは学園モノのストーリーの卒業パーティでの話。

 この国にはまだ貴族などの上流社会でも大規模に集まって高等教育を受ける、いわゆる「学校」という制度が十分に整ってはいない。


 その代わり年齢にかかわらず彼女の色香に迷う男性陣が少なからずいて、彼らは王太子とロゼッタを遠巻きに眺めながら鼻の下を伸ばし、ヴィオレッタに厳しい目を向けている。


 気まずい沈黙が流れる会場、それを破るかのような笑い声が聞こえた。

 笑い声は下品ではなく、しかし、はっきりとそれとわかるような表現力をもってその場に響いた。


「いや、もうしわけない。この国の常識はとことん我が国とは逆なのだなと思いまして」


 プラチナブロンドに空色の瞳の青年が発言し会場の人々の注目が集まった。


「大人の愚行を子供が指摘してそれをいさめ、あまたの男を篭絡して悦に入っている娼婦のような女が褒めたたえられ、真の貴婦人が罵倒される」


 身なりとふるまいから相当に身分の高い貴公子と見受けられる。


 彼は自らを隣国シュウィツアから来たユーベル・ノルドベルクと名乗った。


「ノルドベルク! たしか五十年以上前に罪を犯して断絶したという……」

「いや、伝統のある家門を潰えたままにしておくのは忍びないという先代の王の意思で、王子の一人が名跡を継いだと聞いたぞ」

「では、彼はシュウィツアの王族」

「今は公爵家だけどな」


 事情を知っているらしきものたちが口々に言い合った。


「ヴィオレッタ・ブランシュテルン嬢。いわれなき誹謗の中で毅然として立つあなたは素晴らしい」


 ノルドベルクを名乗った貴公子はそう言いながらヴィオレッタの前まで歩いてきた。


「王太子殿下の言われる通りに事が運ぶとするなら、貴方には決まった相手がおらず自由になるというわけだ。ならばどうかわたしをあなたの求婚者の一人に加えていただきたい」


 彼がヴィオレッタの前でひざまずく様を見て、サフィニアは心の中で叫んだ。


 キター! 

 なになに! 

 このリアル断罪イベントからの第二の男によるド定番な公開プロポーズ!


 はっきり言ってあのアホ王太子よりは断然いいでしょ!


 サフィニアは勝手にワクテカした、しかし、


「ちょっと待った!」


 別のところから聞こえる誰かの声が響き、盛り上がった気持ちが途切れさせられた。


 豊かな口ひげを蓄えた白髪の老人が息を切らしながら小走りでヴィオレッタに走り寄ってきた。


「はあはあ、ご令嬢に求婚なさるならわしもその仲間に加えてもらってもいいかのう」


 はあっ?

 いやいや、求婚って、あんた!


 サフィニアをはじめ会場中が仰天した。


 人々が目を丸くしているのを一顧だにもせず、どうぞ、と、何もなかったところから赤いバラの花を取り出し老人はヴィオレッタにそれを差し出した。


 手品師かよ、いや、どうやら魔法。魔導士らしい。


「おいおい、ジジイ、ちょっと待った!」


 再び声が上がった。

 今度は十歳前後のこげ茶色の髪をした少年である。


 ちょっと待った、と、言いたいのはこっちだわ!


 せっかくの王道ラブロマンスっぽい感じになっていたのを、勝手に『ね〇とんパーティ』の会場みたいにするんじゃねえよ!


 空気読まない老人ジジイ子どもガキの乱入にサフィニアは憤っていた。

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