第67話 王太子は裸の王様以下

 サフィニアの言葉の勢いは止まらなかった。


「王太子様もひどいわよね! 誰のために、いや、せいで、お姉さまが『可愛げがない』ように見える仮面の表情を身に着けていると思っているの。それを浮気した挙句貶めるなんて男の風上にも置けないわ!」


「殿下と呼べ、小娘! 何たる無礼!」


 ナーレン王太子は顔を真っ赤にして十二歳のサフィニアに怒鳴りつけた。


 裸の王様でも子供の率直な意見には感謝したというのに、この王太子のアホさと器の小ささは裸の王様以下なんだな、と、サフィニアはしみじみ思った。


「失礼しました。『殿下』ですね。それにしても、自分に対する礼儀にはうるさいくせに、自分がやっている他の方々への無礼には無頓着なのですね。だってそうでしょう、主催者の一人でありながらこの場を私物化して台無しにするという国の内外から訪れた方々への無礼には全く気付いてらっしゃらないなんて……」


 核心を突くような子供の指摘に会場にいた大人たちは心の中で同意しうなづいていたが、同時に王太子の怒り心頭といった様子に青くなった。


「もうよしなさい、これ以上言ったら子供でもただでは済まないわ」


 先ほど婚約破棄宣言をされたヴィオレッタが軽く身をかがめ、継妹の口をふさいで制止した。


「殿下、申し訳ございません。妹はやはり頭を打った後遺症が残っているようで……。すぐ下がらせますので」


 彼女はうやうやしく王太子に頭を下げ、

「誰か、この子を公爵家の控室に連れて行って休ませてあげて」

 と、会場内の使用人にサフィニアを託そうとした。


「いやよ! 私下がらない!」


 サフィニアは抵抗した。


 怒涛の婚約破棄宣言からの展開をまだ見ていないのだ。


 国内外からの来賓の前でアホ王太子があんな爆弾宣言かましたことの顛末を見守らずしてどうしようか!


「お姉さま、私下がりたくない! 大丈夫だから! どこも痛くないし、これ以上しゃべるなというなら絶対にしゃべりませんから!」


 妹サフィニアの訴えにヴィオレッタはほっと息をつき、控えていた侍従に子供が座れる椅子を持ってこさせ、それを壁際において、おとなしく座っているように念を押した。


「妹の非礼をお詫びいたします、王太子殿下」


 サフィニアが椅子に腰かけたことを確認した後、ヴィオレッタは王太子に近づきカーテシーをしながら謝罪した。


 えっ? なんでお継姉さまが謝るの?

 理不尽なことしているのは王太子の方でしょ!

 あ、でも、私のせいか……。


 王太子の非常識で心ないふるまいから彼女をかばうつもりが、かえって足を引っ張った結果にサフィニアはへこんだ。


「ふん、姉が姉なら妹も妹だな」

 ヴィオレッタの謝罪を受け、王太子は吐き捨てるように言った、さらに、

「前はもっと愛想がよくてかわいらしい娘だったけど、やはり君のようなものと一緒にいると悪影響を受けるのかもな」

 と、あからさまにヴィオレッタを侮辱した。


 この腐れ王太子め!


 しゃべらないと約束したのでサフィニアは我慢しているが、そう言いたくてうずうずしている。


 ヴィオレッタは公の場所での侮辱を黙ってうつ向いたまま耐えている状態だ。


「王太子さま、そんなことより、早く例の宣言はしてくれませんの? いつまでもわたしを不安なままにしないでくださいませ」


 その沈黙を、王太子にしなだれかかっていたロゼッタが破り懇願した。


「おお、そうであったな。みなの者、聞け! 我、王太子ことナーレンはここにいるヴィオレッタ・ブラウシュテルンとの婚約を破棄し、あらたにロゼッタ・シーラッハと婚約することとする!」


 あらら、高らかに宣言しちゃいましたね。


 うれしい、と、さらに王太子にしがみつくロゼッタを見て、まさかリアルで「悪役令嬢の婚約破棄からの…」ストーリーの冒頭のようなシーンが見られるなんて、と、サフィニアは思った。


 やっちゃった感満載の王太子を冷ややかな目でサフィニアは見つめた。


 冷ややかだったのはサフィニアだけではないようだが……。

 

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