第61話 エルシアン国王太子妃カレンデュラ(1)

「やめろと言ってすんなりやめてくれると思うか? 私たちの見た目をその国の人間たちが知っているわけでもなし……」


 サタージュが困惑していった。


 そもそも精霊たちの見た目は、人間だった時の姿に近い形、あるいは人間たちが描くイメージに近い形に造られており、状況によってそれは変化する。伝承でも決まった姿形で表れているわけではない。


 いきなり顕現して忠告しても悪霊の類と勘違いされたら元も子もない。


「そうじゃ、フェーブルの第一王女がエルシアン王家に嫁いでおったじゃろう」


 フェリ様が思いついて口にした。


「第一王女、確か、カレン…」

 ネイレスが記憶を探る。

「カレンデュラ王女だ。そういえば今はエルシアン王国の王太子妃だ」

 サタージュも思い出した。


 精霊王の御所があるフェノーレス山地は、シュウィツアーの南境全部とフェーブルの南境の国境半分を覆っている。そのせいか、この二国では精霊王を中心とした精霊信仰が盛んである。


 フェーブル王家も結婚や子供の誕生など節目節目に、国王が直接フェノーレス山のふもとの御霊屋みたまやに足を運び感謝の祈りをささげている。


 現国王も最初のサントリナ王妃と結婚した時には御霊屋みたまやを訪れていた。


 しかしその後、サントリナ王妃は王女一人しか出産できず、後継を望む周囲の圧力に耐えかねて心を病んでしまった。国王は三人ほど側妃を娶り、そのうちの最も家格の高かったリスティッヒ侯爵家の息女ダリヤが第一王子を産み、その子が現在王太子となっている。


 サントリナ王妃は娘のカレンデュラ第一王女とともにフェノーレス山地のふもとの離宮に療養のため隔離されそこで亡くなった。母が亡くなってからもカレンデュラは王家から忘れ去られたかのようにその離宮で育ち、彼女が王家から注目されるのはエルシアン王国王太子との政略結婚の時であった。


「カレンのう……、時々山に入って来おったから我らもちょくちょく顔を出して、言葉も何回か交わしたのう……、あれが王太子妃とはの」


 精霊王は感慨深げに言った。


「うむ、問題の国で今はやんごとなき身分でおるなら、彼女にまず接触して話を通すのが得策かもしれぬな」

「かしこまりました、では早速」

 フェリ様の言葉にサタージュが動こうとした。


「待て、ロゼもつれていけ。今のカレンは我らの山のふもとにいた頃のお転婆娘ではない。かの国の王宮内の重要人物なのじゃから、宮廷内での振る舞い方を知っている者がいた方が、間違いが少なくて済む」


 精霊王が忠言した。


「わたしですか? 宮廷にいたのは五十年以上前だし、礼儀作法とか今でも通用しますかね。しかも大陸中央じゃ風習とか大分違ってそうな……」


 フェリ様の推薦にロゼはうろたえた。


「こいつを一人で使いに出すよりもましじゃ。今、記憶珠に伝言も込めるからそれも持っていけ」


 サタージュが「聖力」を固めて珠の形にし、そこにフェリ様が映像を込める。


「サタ坊の力『聖力』は一味違って、嘘やゆがみを排除するから魔力で固めた記憶珠より信ぴょう性が高いんだよ」


 ネイレスが二人の精霊の作業をロゼに説明した。


 魔力でできた記憶珠はその場にあった事柄を映像として記憶するが、魔法能力の優れた者なら改ざんすることも可能である。サタージュの力はそれをさせない記憶珠を作るのでより信ぴょう性が高い。


 彼の加護を受けた者の力は『魔力』と一味違い、それは『聖力』とよばれ、その力を持った人々を中心に現在エルシアンで大きな勢力となっている。

 人を治癒したり嘘を見破ったりもでき、魔力と違ってより清らかで正しい感じを与えるのでそれが信仰の源となっているようである。


 ロゼとサタージュは王宮内にある湧水池「セナ湖」へと瞬間移動した。

 水の中からいきなり現れ出た人間離れした美しさの男女に、そのほとりにいた人々は奇跡を見る思いで驚いた。


 こんな大仰な顕現の仕方をしなきゃならないなんて……。


 人々を説得するためには、まず自分たちを崇拝する気持ちを芽生えさせなければならない。

 そのためには多少のハッタリは必要。


 との、ネイレからの助言もあり、二体の精霊はエルシアン国王宮の人々をまずは仰天させたのだった。

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