第59話 精霊ロゼ
「うまくいったかのう?」
精霊王ティナはつぶやいた。
「賭けみたいなものですからね、見込みがなさそうならあの空間の管理者から連絡が来るのでしょう」
サタージュがロゼラインを心配している精霊王に答えた。
「まあ、そうなんじゃがの」
精霊王は気のない感じでい相槌を打った。
数週間待って何の便りもないのにさすがの精霊王ティナもじれていた。
ダメならダメってさっさと断念してその旨を伝えてくれればいいのだ。
そうすればこちらとしても、速やかに別の手段に移ることができる。
時間の猶予がないのだからそうしてほしいのに……。
「あの麗人の魂が壊れるなんて耐えられない。はやく結果を知らせてほしいというフェリ様のお気持ちわかります」
美と夢幻の精霊ネイレスが精霊王の焦りに同調した。
「麗人って、転生したら美人になるかどうかもわからんだろう。女になるかどうかもわからん」
サタージュが口をはさんだ。
「いやいや、あの御仁は美しくなるさ、僕が補償する。だから、僕が司る『転生』で生まれ変わったらどうかなって打診したのに……」
「お前の見立ての基準はよくわからん」
二人の部下の言い合いに神経を逆なでされたフェリは、うるさい、と、怒鳴って彼らを黙らせ、黙って思案に暮れた。
「まあ、便りのないのがいい便り、と、いう言葉が人間界にはありますから……」
おずおずとサタージュが精霊王をなだめた。
「行ったのは『人間界』ではないわ!」
吐き捨てるようにティナが言った、その時、
「ただいま、ティナ!」
精霊王の耳に黒猫クロの声が響いた。
何もない空間からぴょこんと現れてティナの胸元に飛び込んだ黒猫に、その場にいる者は皆注目した。
「やっと帰ったか! 時間がかかったのう、まあ、ダメもとで送り出したのだから、ダメでも気にする必要は……、いや、そなた、ちょっと……」
精霊王は安堵の声を上げたのち、黒猫を観察した。
「何やら雰囲気が……? どうも内包している力の量がの……?」
クロを抱き上げ彼女の身体を隅々まで検分する精霊王。
「へへ、なんかね、あたし、『ヴァージョンアップ』とかいうものをしたんだって!」
クロが笑いながらドヤった。
「『ヴァージョンアップ』というのはこの世界では使われない語ですな。でも、美華たちがいる世界じゃ……」
「わかっとるわ!」
説明しようとするサタージュの言葉を精霊王が遮った。
「クロ、いきなり飛び出してっちゃダメじゃない!」
黒猫クロに続いて麗人が何もない空間からゆっくりと現れ出てきた。
ロゼラインだった。
上半身純白から裾にかけて薄紅のグラデーションで裾がフィッシュテールになっているワンピース。
上に羽織った薄衣のボレロは白銀の羽衣のように見える。
美華として生きてきた日本でもふつうにみられる服装のデザインだ。
公爵令嬢として生きていた頃のドレス姿に比べるとシンプルだが、彼女の清楚かつあでやかな魅力が引き出されていた。
「そなたも何やら雰囲気が変わったのう」
精霊王ティナが感想を漏らした。
「ああ、これですか、虹の橋を渡った先にいた女官のような方々の見立てなんです」
ロゼラインが説明した。
「いや、衣装もそうじゃが、何やら雰囲気がそなたもな……、えっ、虹の橋を渡った⁈」
「はい」
「ということは、行くべきところへ行けたというわけじゃ!」
精霊王ティナが彼らを使わせた場所は、動物たちが集う楽園のような場所だった。
そこで、生前愛していた人間と再会したり、愛し合う人間と巡り合ったりして、ともに虹の橋を渡り『天国』とか『極楽』とか言われる場所へと向かう。
つまりともに魂が浄化される道の一つである。
「えっと、行くべきところだったかどうかはわかりませんが、そこの偉い人から、これからどうしたい? と、聞かれたので、クロもなじんでいたことだし、この場所にまた戻りたいな、と……」
ロゼラインの答えにティナは満面の笑みを浮かべた。
「そうか、そうか! そなたたち、我らと同じく精霊という上級の精神生命体になったのじゃ。良き良き! 人間由来の精霊はこの世界にはいなかったからの。まあ、四柱の精霊とともにいろいろこの世界を善き方向に導くために協力してくれればいい」
「善き方向にですって! そんなたいそうなこと!」
「大丈夫じゃ。そなただってサタ坊やネイレのおそまつなところを何度も見たじゃろう。人間目線でちょっと助言してもらえるだけでもありがたい。場合によっては、人間だった時、苦しかったのに助けてもらえなかったことへの嫌味や八つ当たりをたっぷりしてやってもいいぞ」
最後にちょっと悪魔のささやきっぽいせりふも混ぜながら精霊王はロゼラインを励ました。
「新たな精霊の誕生じゃ。名も気分を変えるために、少し……、そうじゃな『ロゼ』がいい。呼びやすくしかも華やかじゃ」
精霊王による名づけ。それによって新たな精霊が御所に加わった瞬間であった。
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