第55話 ひとのこころは操作できない
「あなたがた精霊って人の感情も操作できるの? だってそうでしょう『溺愛』だか『熱愛』だか知らないけど、そんなものを確約できるなんて」
ロゼラインは尋ねた。
「ブルブルブル、まさか、それは魔法でも禁忌の部類に入るからね」
精霊ネイレスはかぶりを振りながら答えた。
「そうでしょうね」
ロゼラインはかつて、彼女に冷淡な家族や婚約者に対しても、頑張ればいつか自分をわかってくれる、愛してくれる、という期待にすがって生きてきた。
しかし他人の感情というものは頑張れば得られる御褒美ではない。
感情はあくまでその人自身のもので、自分がこれだけやったのだからと期待しても、望む通りの気持ちを相手が抱いてくれるとは限らない。
誰しも自分にとって重要な他者(家族、友人、あるいは恋人)から望み通りの愛に満ちた反応が返ってくるのを切望するが、相手から奪う事しか考えない愛する能力の乏しいものにそれを期待し努力するのは、穴の開いた桶に水を注ぎ入れるに等しい行為である。
ロゼラインは自らの命をもってそれをつくづく思い知った。
にもかかわらず約束された報酬であるかのように保証する精霊ネイレス。
次の人生では、これまでの人生で切望しても得られなかった、自分にとって重要な他者からの愛情を保証する彼に逆に不信感が募った。
仮にネイレスの言う通り、次こそ転生が上手くいって愛に満ちた環境で生きることができたとしても、それはそれで、ロゼラインや美華の人生が踏み台にされたみたいでどうにも納得しかねるのだ。
それを言っちゃあおしまいよって感じなんだけれどね。
終わってしまった美華やロゼラインの人生に恨みがましくこだわったって実があるわけじゃない。
そう理性ではわかっているが、感情の方がついていかないのだ。
「んにゃ~あ、うるさいわよ。ロゼラインを勝手に連れて行っちゃだめだからね……」
それまでロゼラインの足元で丸まって眠っていたクロがひとしきり伸びをしながらうなると、また体を丸めて寝てしまった。
「「「寝言……?」」」
その様子を見て精霊二人とロゼラインはつぶやいた。
「はあ、この話は終わりじゃ。気持ちの整理がつくには時間がかかるだろうし、今すぐに決めねばならぬことでもなかろう」
精霊王ティナが手を振って話を打ち切った。
「しかし、フェリ様。いつまでも猶予があるわけじゃないのですよ」
サタージュはティナに耳打ちし警告した。
わかった、わかった、と、ティナはいなした。
それからしばらくの間、ロゼラインは精霊王の御所と言われる地の周辺を散策したり、時々精霊王ティナに連れられて様々な場所を見学した。
精霊王とその配下の四柱の精霊たちは、ロゼラインのいた世界だけでなく、北山美華のいた『地球』やそのほかもろもろの異なる次元の世界に関わっていた。それぞれ違った法則で動いている各世界でも人間のやることにはさほど違いがないからだろう、と、精霊王は言った。
精霊王ティナはおしゃれが好きで、その時々の気分でロゼラインが来ていたようなドレスや、十二単、あるいは世界各地の巫女風のいでたち、さらには現代風のジーンズやミニスカートを着てみることもあった。
姿かたちも、時に立派な鹿の角が生えていたり、ウサギやキツネの耳(ロゼラインにはそう見える)がついていたり、脚も人間と同じ二本足だけでなく、蹄のある動物の四つ足やや魚のしっぽなど自在に変えられ、結局本体はどのような姿なのかさっぱりわからない。変わらないのは虹色に輝く髪と整った顔立ちだけである。
ロゼラインが一番驚き印象に残ったのは、フェリによって現代日本のとある神社に連れて行かれた時だ。日本の神社の中には精霊王の御所と繋がっているところがあり、閉ざされた本殿から参拝する人々を見ることができるのだった。
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