第56話 魂のタイムリミット

 それから、ロゼラインは時々サタージュやネイレスの手伝いをしたり、フェリ様の相手をしたり、クロと戯れたりして、なんだかんだと数十年が過ぎてしまった。


 生きている人間は成長しそして年老いていく。

 新たに生まれる者もいれば死にゆく者もいる。


 しかし、ロゼラインは変わらない。


 普段は精霊王の御所近辺にいて、時々世界を見に遠出する。


 そうすると時間の流れに対する感覚が生きている人間と異なってきて、気づけばそれだけの年月が経っていたのである。


「フェリ様、そろそろロゼラインの魂の行く末を考えねばなりませんぞ」


 ロゼラインが留守をしている時にサタージュがフェリ様に伺いを立てた。


「なんで? このままじゃいけないの?」


 フェリ様の足元にいたクロが尋ねた。


「ああ、彼女の魂の刻限が近づいてきているからな」 

「なにそれ?」

「これ以上、死霊である彼女が行くべきところに行かずとどまっていたら、彼女の魂自体が消滅してしまうということだよ」

「へっ? なんで!」


 説明しようか、と、言って精霊王が話し始めた。


「人間の魂は通常輪廻転生の流れに乗って転生を繰り返すじゃろう。うちの四精霊のちょっと変則的な転生もまた転生だから同様じゃ。しかし死してその流れに乗らずとどまっていると魂魄がすり減ってくる。最初は記憶や感情を貯めておく『魄』と呼ばれる部分がすり減ってくるのだが、それが一定値を超えると、魂の中心『魂核』まで目減りしてくるようになるのじゃよ」


「目減りするとどうなるの?」


 クロが質問した。


「魂の個別性を示す自我がなくなってしまうのじゃ。転生のたびに記憶を失って全く別の人間になったとしても、個々の魂の独自性はずっと保たれている。だが魂核がすり減って行けばその自我を保つことすらできなくなるのじゃ」


「できなくなったらどうなるの?」


「そうじゃな、魂核がすべて消滅するわけではない。だがそうなってしまった魂は、手近にある別の魂に張り付き吸収されてしまうだろう。張り付くのは同じ人間だったり、動植物だったり、ときには魔物だったりもするが、そうなってしまえばロゼラインあるいは美華として転生を繰り返してきた魂は消滅したも同然となるじゃろうな」

「ちょっと、大変じゃないの!」


「だから猶予がないと言っているのだよ」


 サタージュが言った。


「でもさ、でもさ……、おかしくない? だってさ、だってさ……、それを言うならあたしだって転生とかいうやつをしないでずっとここにいるのよ。ロゼラインよりずっと、ずっと長い間いるけど、全然なんともないじゃないのさ?」


 クロが食い下がって質問した。


「それは人と他の生き物との違いのせいじゃ」

 再び精霊王が説明し始めた。

「人以外の動物は自我があっても他の個体と魂のレベルで接続しあっているから互いに気を交換し合っている。つまり、そなたが死んで数百年、転生も何もせずここにいても同族の魂から気を受け取ることができるから大丈夫だったのじゃ。しかし人間は個々の魂が独立しあっていて、魂の気を交換することができないので、死してリセットしないままじゃとただすり減っていくだけなのじゃ」


「その件も含めてロゼラインにはもう一度話しますが、それでも納得しない場合には……」

 サタージュがしかつめらしい顔で言う。

「納得しない場合には、どうするのじゃ?」

 フェリ様が確認のために尋ねる。

「力づくでも転生の流れにのせざるを得ないかと。ネイレにも協力を求め、二人がかりならなんとか……」

「おーお、若いおなごを男二人で力づくで抑え意に染まぬことをさせようと……」

 フェリ様が揶揄するように言った。


「いかがわしい言い方はやめてください!」

 サタージュが声を張り上げた。


「怒るな、あいかわらず真面目じゃのう。だから坊や扱いされるのじゃ」

 精霊王の軽い調子にサタ坊はむっとした表情を見せた。


「ある程度魂魄がすり減ったら忌まわしい記憶やそれに伴う感情もなくなってくるから、そのタイミングを見計らって、話をするつもりでいたのじゃがの。なんだかんだで今日まで来てしまった」


 フェリ様は息を吐きながらつぶやいた。


 そしてクロを抱きあげながら続けた。


「あともう一つ、考えがあるのじゃが、そのルートでロゼラインの魂を救うこともできるやもしれぬ。あくまで可能性じゃがの。それにはこいつの協力が不可欠なんじゃが、まかせてみるか?」


 フェリ様がサタージュに問うた。


「どうじゃ、やってみるか?」


 そしてクロにも打診した。

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