第46話 王位を継ぐもの

「あなたが王位を継ぐのです」


 反逆罪を審議する王宮での裁判の数日前、ロゼラインはゼフィーロ王子につめよった。


「何を今さら躊躇しているのです? この件を追及し始めた時からそうなる可能性を全く考えなかったのですか? 現王太子が信用を失って立場を追われる可能性を!」


 ゼフィーロ王子は口を固く結び考え込んだ、ロゼラインは続ける。


パリスがいつか目を覚ましてくれる、わかってくれる、この期に及んでそんな期待を寄せるのは無駄だと気づいたほうがいいです」


 かくいう自分も生きている間はそれを期待しなかったと言えばうそになる。

 もっとも自分の場合は、家族すら頼れない状況でそんな空虚なものにすがるしか他に選択肢がなかったともいえるが、と、ロゼラインは振り返った。


「アイリスの父君のウスタライフェン公爵はすでに各貴族と交渉されているわ。王太子の愚劣な言動の数々に多くの方が辟易し始めていますからね」


 ロゼラインの言っていることはわかる。


 兄の王太子が自らサルビアや問題を起こしてばかりの近衛隊士らと距離を置くべきだった。

 好悪の感情をあからさまにし、耳触りの良い語だけを聞きたがるような態度は、阿諛追従の徒を近づけいずれ王国に危機を招く。



 そして話は戻り王宮裁判、反逆罪を犯した三名の判決が告げられた直後、王都で最も力を持つ公爵の一人ホーエンブルク公爵が王太子の処遇に異議を唱えた。


「王族の方々はですな……、反逆罪で裁く対象に入ってないのですよ。それゆえ……」


 裁判長が気まずそうに言い訳をする。


「それは法の枠内のお話でしょ。わたくしは本日明らかになったこの驚天動地の事態に国王陛下のご意向をうかがいたく、こちらの席から意見を述べさせているのです」


「王太子殿下の件については裁判で結審することではありませんゆえ、ここで判断は致しかねる所存です」


「ええ、それはわかっております。しかしこの場を借りて国王陛下にご意見を申し上げなければ、なし崩し的に王太子殿下になんの処分も下されないというのは臣下として納得しかねる所存いございます」


 ホーエンブルク公爵は国王にすごんだ。


 うろたえる国王、どっちが主でどっちが従かわからぬあんばいである。


「王太子殿下は処罰の対象に入ってないって言っているだろ、聞いてないのか!」

「そうだ、年よりは黙ってろ!」


 傍聴席から公爵に野次を飛ばす一団があった。


「法においては王族の方々は処罰の範囲外になっていると言われているのに、なにをそんなに固執されてらっしゃるのですか!」


 王太子派の貴族から声が上がった。

 そうだ、そうだ、と、やじる声が聞こえたが、王太子派の筆頭のノルドベルク公爵が罪に問われ、その勢いには陰りがあった。


 そして同じく陪審役を拒み傍聴席に座っていたウスタライフェン公爵が立ち上がりこれに反論した。


「法とおっしゃいましたが、我々が問いたいのは法の建付けで王族が処罰の範囲の内か外かということではありません。我ら臣下は王族の方々をお守りするため、王宮の出入りの際の不便や面倒も受け入れてまいりました。にもかかわらず、そのお守りする対象の王太子殿下が自らその決まりを破られ、何の処罰も受けない状況で、今後臣下が忠誠心を持ちえるかどうかということなのです」


「つまり忠誠心を持ちえぬという事か、何たる不敬!」


 王太子は憎々しげに口を開いた。


 この裁判の意義、それはただ王太子の身近にいた人物たちを罪に問うだけではなかった。


 それが王太子にもはっきりと理解できた。


「不敬? 臣下が異議を申し立てることを不敬とおっしゃるのですかな? そもそもそのような言葉は主君を敬っている臣下が自主的に、あるいは臣下同士が互いに言動を顧みて口にするべき言葉です。信望を失うようなふるまいをなされた方がおっしゃっていい言葉ではありません」

 ホーエンブルク公爵がきっぱりと言い、また国王をにらみつけた。

「わたくしとて殿下の不興を買うであろうことが分かっていながら、このようなことを言いたいわけではありません。そもそもこういった忠言は国王陛下がおっしゃるべきものではありませぬか!」


「あい、わかった!」


 国王が返事した。


「王太子の件は後日会議で議題に上げよう。それで納得してくれるか?」


 国王の答えにホーエンブルク公爵をはじめ貴族たちは首を垂れた。


「やりやがったな、ゼフィーロ。これがロゼラインの件でお前が動いた目的か!」


 パリス王太子は弟王子ゼフィーロをにらみつけた。

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