第44話 王宮裁判 ~家庭内の常識は世間では非常識~

「まさか死ぬなんて思ってなかったのよ。毒は毒でも、そんな特別な毒だなんて知らなかったわけだし……」


「つまり、認めるのですね。毒をロゼライン嬢の飲み物に混入させたことを」


 伯爵がロベリアに尋ねた。


「だから、しつけのためだって言っているでしょう!」


「しつけ? 失礼ですが、ノルドベルク家の家風はかなり一般の常識とはかけ離れておりますな。良い意味ではなく悪い意味でですが」


 ホーファー伯爵は少し率直に物を言いすぎたと自覚し一度咳払いをした。


「えー、こちらに家宅捜索で押収したエルフリード・ノルドベルクの日記がございます。この中にはいかにして被疑者サルビアの手からロベリアの手に毒が渡ったのかが克明に記載されております。そして『しつけ』ですかな? 確かにロゼライン嬢の特別な立場を鑑みれば、通常の家族関係とは異なる対応も必要でしょう。でも、あなた方親御さまは、令嬢を立派な王妃に育てるために努力したというより、足を引っ張り虐げていた事実が日記にはっきりと記され驚愕いたしました。ああ、今のは個人的な感想ですが……」


 エルフリードは自分が備忘録としてコツコツと書いていた日記が事件の「証拠」として扱われているのを見てうろたえた。


 それにしても「足を引っ張り虐げていた」だと?


 自分たちが当たり前にしていた姉上への苦言や批判がそんな風に言われるのか?


「ロゼライン嬢を『不器量』と罵っていたとか? 年増女のひがみは娘にも向かうのかね?」

「たしかに令嬢をそのように見る者がいたら目の検査をお勧めするね」

「実際あの夫人の取り巻きは令嬢を囲んで寄ってたかって偉そうに意見をしていたな」


「私はそれより王太子殿下が近衛隊士の措置の件でロゼライン嬢につらく当たっていたことの方が気にかかるがな、警務隊にもねじ込んでいたというし……」

「それをノルドベルク側が苦情を申し立て、殿下がいさめられたというなら筋は通るが、逆に娘の方を貶めるとは、何のための家族なんだか?」

「確かにこれでは後ろ盾になるどころか、足を引っ張っているな」


 陪審役の高位貴族たちが資料として渡された日記の写しを読みながら口々に語り始めた。


 ノルドベルクの家族の冷淡さや非常識さが明るみに出たのはロゼラインにとっては溜飲が下がる。


 母のロベリアは唇をかみ忌々しそうに顔をしかめた。


 弟のエルフリードは家庭内で当たり前に行われていた言動が他の貴族から口々に批判されているのを聞いて茫然自失となっている。


「同情する必要ないわよ、ロゼライン」


 母や弟の様子を見てクロが言った。


 ホーファー伯爵がさらに続ける。 


「ノルドベルク公爵家の『しつけ』とやらが我が子に毒を盛ることであるというのは、普通の親子でも驚きですが、ロゼライン嬢の場合、王太子の婚約者でありましたので危害を加えようとなされたその時点で『反逆罪』が適応されます。それに何ですかな?『可愛げがない』『不細工』などなど、人格批判や根拠不明の侮辱の言葉。ロゼライン嬢が訴えていれば王族への侮辱罪も適応されるような文言です」


 エルフリードはさらに衝撃を受けたような顔をした。


 ロゼラインはその様子を冷ややかに評した。


「あの子は確かに母のいう事などを素直に受け止めていただけかもしれない。だけど、王太子パリスたちのアイリスの人生を狂わしかねないたくらみに笑って賛同していた。母が私をいたぶっていた言動の数々もそう、自分にはそれが向けられていないから、母と一緒に当たり前のように私をさげすんでいた。自分は苦しい思いをしてないからって今まで平気で他者のひどい行いを笑って傍観し時に同意してきた。そんな子に同情なんかしないし、どんな刑罰が言い渡されようと知ったことじゃないわ!」

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