第16話 完膚無きまでに

 ヨハネス・クライレーベンは必死に考えを巡らせていた。

 この件について、王太子の発案であったなどとは口が裂けても言えない。

 とはいえ、このまま申し開きができないとなると……。


「ご子息は言葉の正しい使い方もご存じないのですかな?」


 今度はアイリスの父ウスタライフェン公爵が発言した。


「婚約者のいるうちの娘に対する侮辱と言っても差し支えないでしょう。『情事』という言葉の正しい意味を知って使っているのであればの話ですがね。いや、あくまで正しい意味を知っていればなので、お調子者が意味も分からず艶っぽい言葉を使ってみたかったってだけなら、国語教育を一からやり直させればいいだけの話です。はてさてどちらなんですかね?」


 そして、しれっとした顔で父親のクライレーベン侯爵に会話のボールを投げた。


 映像を作成する際、それが取られた角度にも細心の注意を払い、アイリスがしっかり抵抗していることがはっきりわかるようにしておいた。角度が悪く男女が密着しているだけのように見えては、女性の貞操観念だけに厳しいこの国において、アイリスの名誉が守られないからだ。


 そして言葉の戦いにおいても、ヨハネスを完膚なきまでに叩き潰さなければ、と、彼女の父や婚約者は意志を固くしていた。


「その……、当家の教育に至らぬ点は認めるところであり、ウスタライフェン嬢にはまことに申しわけない真似を……」


 クライレーベン侯爵はしどろもどろになりながら謝罪した。


「ちょっと待ってくださいよ! 人を一方的に悪者扱いしたうえに、今度は言葉を知らぬ馬鹿扱いですか? 女の方が誘ってきたとかそういう可能性だってあるでしょう!」


 父親の苦心にも頓着せずヨハネスは不服を申し立てた。



 実はこの裁判、ゼフィーロ王子らの席の後ろでロゼラインとクロも聞いていた。

「セクハラや性犯罪で追いつめられる奴ってなんで最後はいつも同じようなこというのかしらね?」

 ロゼラインがつぶやいた。

「あの人間って、勉強やスポーツはできてももっと大きな意味では阿保っていうのの典型的なタイプじゃないの、ロゼライン?」

「う~ん?」

 クロの指摘で、確かにそうかもという気にロゼラインもなってきた。



 この国で最も高貴な立場のパリス王太子と親しく、教養、武術、容姿に恵まれた者しかなれない近衛隊士。

 貴族の若者同士の間では自尊心を傷つけられることなく偉ぶってられたかもしれないが、家門の運命をかけた政治的な競り合いの中では、そこで肥大した自尊心ゆえに引くべきところも知らずかえって墓穴を掘ってしまっている。


 美華のいた日本に例えると、スクールカーストで常に上位にいた若造が、社会に出たら学校内だけで通用した価値判断が通じず自滅していくようなものか。


 

 ただ、ヨハネスの自ら墓穴を掘るこの発言はゼフィーロにとってはむしろ好都合だった。

「女の方が誘った……? アイリスが君にいつ? どんな形で『誘った』のか、僕にとっても重要なことなので、話してくれないだろうか?」

 ゼフィーロはすごんだ。


 もともと本人と父親の謝罪や反省の言葉だけで済ませるつもりは毛頭なかった。


 この件の黒幕は目の前のヨハネスではなく、兄のパリス王太子だ。上っ面の謝罪だけでヨハネスを開放したら、次にどんなはかりごとで自分やアイリスが貶められるか、わかったものではない。だから何らかの目に見えるダメージをヨハネスに与え知らしめる必要がある。


「それは、つまり……」

「映像を見ると、君が走り寄って来るまでアイリスは君に気づかなかったようだけど、それでどうやったら彼女が君を『誘う』真似ができるんだい?」

「いや、その時じゃなくて……」

「じゃあ、具体的にいつ? 日付や場所を正確に言ってくれるかな?」

「あの、だから……、具体的な日付とかそういう問題じゃなく、眼と眼が合えばわかるというか……、そういうことってあるでしょう」


 Jポップの歌詞か?


 と、ヨハネスの言い訳にロゼラインは吹きそうになった。


 同じく吹き出し笑いを必死でこらえている人物がいた。


 書記の役目を仰せつかっている法曹省の新人のアイヒホルン子爵である。

 考えてみれば、人を食ったような皮肉も珍妙な言い訳も、彼らの言葉を一字一句間違わず記録しなければならないのだ、気の毒に。


「ロゼライン、あんたちょっと笑いすぎよ」

 不謹慎とはわかっていながらも笑いを抑えられなくなったロゼラインをクロが注意した。


 どうせゼフィーロ以外見えてないし聞こえていない、と、たかをくくっていたことを後で反省する羽目にはなるのだが……。

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