第15話 クライレーベン侯爵の焦り
ヨハネス・クライレーベンはその日、王宮内にある会議室に呼ばれた。
会議室に入ると中には七名の王国の要人が着席しており、入室したヨハネスに皆目線をやった。
「被疑者が到着されたようですので、それでは貴族間における調停裁判を始めます」
長机の一番奥に座っている人物が宣言した。
貴族の犯罪は平民が関わらない限り王宮内で審議される。
れっきとした犯罪は法廷で裁かれる。
しかし、財産や爵位に関わるもめごと、あるいは犯罪には至らないが名誉や身の安全を脅かされたと判断された貴族が別の貴族を訴えた場合、このように簡易な形で調停が行われる。
出席していたのは裁判長に当たる者一名と記録のための書記に当たる者一名。
第三者として公平な判断をするための陪審員的な役割をする者が二名、今回は魔法省の重鎮である年配のゼクト侯爵と警務省の中間管理職的な立ち位置にある三十代のシュドリッヒ伯爵が選ばれていた。
そして当事者としてヨハネスの父親であるクライレーベン侯爵、さらに……。
「えー、本日は近衛隊士ヨハネス・クライレーベンがアイリス・ウスタライフェン嬢に乱暴狼藉を働いた件について審議いたします。なお当事者であるアイリス嬢は精神的外傷がまだ癒えていないということで、代理人として彼女の父親のウスタライフェン公爵と婚約者であるゼフィーロ王子が出席をされております」
なんだってっ!
あの女、親や婚約者にしゃべったのか!
ヨハネスは後頭部を殴られたかのような衝撃を受けた。
彼の父親のクライレーベン侯爵は大汗をかいていた。
なにしろ王族と公爵が被害を受けたと主張する側にいて対峙していたのだから。
「まずは、この記録珠に映っている映像をご確認ください」
第二王子のゼフィーロが口火を切った。
記録珠とはこの世界にある魔法道具の一つで、設定された範囲内を飛び回り周囲の様子を記録するものであり、こちらの世界における防犯カメラのような役割を担っている。
その映像には、ヨハネス・クライレーベンがアイリス・ウスタライフェン嬢に走り寄った後、嫌がる彼女を無理やり抱き寄せようとした様子が映っていた。
ヨハネスは愕然とした。
記録珠と言っても防犯カメラ同様、死角もあって万能ではない。
王宮に常に出入りしている彼はそれも確認したうえでアイリスに対し事に及んだつもりだった。
実はこの映像、正確には王宮の庭のそこかしこに飛び回っている記録珠が写した映像ではない。
これはロゼラインたちに力を貸している精霊のサタージュ、通称サタ坊から取り出した記録を記録珠に互換性がある形に変換して、あたかもそれが撮影した映像のように見せているのである。とはいえ、嘘を捏造したわけではないし、証拠は証拠である。
「この件に関し何か申し開きはありますか?」
裁判長が言うより前にゼフィーロがヨハネスに質問した。
「いや、その……、ええと、これは……、いわゆる『情事』の真っ最中の映像でして……」
ヨハネスが苦し言い訳をする。
「情事?」
ゼフィーロがにらみつけながらさらに問いただした。
二人のやり取りを聞いていた陪審役の一人、年かさのゼクト侯爵が発言の許可を求めるように手を挙げた。
「すいませんが、よろしいですかな。映像だけを見ると、ウスタライフェン嬢に無理やりその、何ですかな……。クライレーベン家では男女が合意のもとに行う密事と相手が嫌がっているのに強引にことに及ぶ、ええと……、そういうこととの区別や倫理をちゃんと教えてないのでしょうかな?」
言葉選びに苦慮しながら意見を述べた。
調停裁判の陪審役として呼ばれた場合、被告原告どちらの家に対しても、後々の付き合いも考えて婉曲な物言いとなるのはよくあることである。
この場合、彼が言いたかったのは『お前のとこのせがれは好かれているわけでもない相手に無理やり迫ることを色恋ざたに数えるほどの阿保なのか?』と、言うことである。
陪審役の質問の矛先は当事者であるヨハネスではなく、その父親であるクライレーベン侯爵の方に向いていた。
「いえ、そのようなことはっ……」
公爵は息子の愚行をどうとりつくろえばいいのかすっかり途方に暮れていた。
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