第9話 精霊の話す真相

「ただそれを語ることが君の気持にはかなり負担になるかもしれないけど……」


 概念の精霊が言った。


「覚悟はできてるかいってあるじは言いたいのよね」


 黒猫が後に続いた。


 ロゼラインは言葉なくうなづいた。

 上空から見た自身の弔いの現場。そこで話された身内や身内になるはずだった人の心ない言葉。


 あの時点で他人の気持ちに対しての何らかの期待はかけらも残っていない。

 誰がどういう動機でどういう手段を使って自分を殺害したかを知ったところで、これ以上心に傷つく余地などもうどこにもないのだ。


「始まりはサルビア・クーデンという女が、彼女の家の領地だけで採れる植物から抽出できる希少な毒を王宮内に持ち込んだことだ」

 精霊は推理を披露し始めた。

「ちょっと待って! 毒を王宮内に? 我が国の法律ではクーデターや暗殺を防ぐために、王宮内に許可なく武器類や毒物を持ち込んだだけで反逆罪で死罪になるのよ!」

 ロゼラインは叫んだ。


「君のいた国の法律はよく知らないけどね。続けていいかい?」


 サルビアの犯した『罪』はいったんわきに置き、精霊は推理を続けようとしたのでロゼラインは黙って聞くことにした。


 精霊が語ったのは以下のとおりである。


 サルビアがまず毒を持ち込み、それはパリス王太子の知るところとなった。

 本来ならその時点でパリスはサルビアをとがめ、なおかつ法の裁きを受けさせることが王太子としてすべきことであったが彼はそうはしなかった。逆に、そこまで追い詰められていたのか、と、彼女に同情し、ロゼラインとの婚約解消の意志を固める。

 そして、彼女が持ち込んだ毒を人知れず王宮の外に出して処分するよう、ロゼラインの弟のエルフリードに命じた。

 エルフリードは悩んだ。王太子に言われたものの、王宮の出入りの際には外部の者は持ち物を厳しくチェックされる。考えた末、彼は自分の母親に毒を預けた。女性である母なら着付け薬だと言ってごまかすことができるし、見たことのない瓶に入った希少な毒薬なら知識のない衛兵たちをごまかすことができるだろう。エルフリードが予想した通り、母はうまく毒を外に持ち出してくれた。

 ただ、処分も頼んでいたが、母はそれを捨てずに持ち歩いていた。

 一度着付け薬であるとごまかせたので問題ないと考えたらしい。

 そして、パリス王太子が大勢の前でロゼラインに婚約解消を宣言した夜のこと。その宣言はロゼラインの母にとっても寝耳に水であった。

 彼女が考えたのは、いかに家門と母である自分自身の体面を守ることができるかであった。ここはロゼラインが下手に反抗して騒ぎを大きくされるより、ショックで病気にでもなってくれれば周囲の同情が買えるし、自分は王太子に婚約破棄され傷ついた娘をかいがいしく看病する母として社交界での点数を下げずに済むだろう。それで以前、息子のエルフリードから渡された毒を思い出した。

 王族の者には毒は効かない。暗殺防止のため、ある程度成長すると毒への耐性をつけるために少しづく体に慣らすことをさせられる。そしてそれは婚約者も同じであった。故にロゼラインに毒を盛っても体の具合は多少悪くなるだろうが死にはしないだろう。

 そう考えた母は婚約解消宣言の後、厨房に顔を出しお茶を運ぼうとしたゾフィを引き留め、その場でティカップにお茶を注ぎ、ひそかに毒を垂らし、これをロゼラインに飲ませるように指示をした。ゾフィには、大変な事態になったのでせめて自分がお茶を入れてあげたかった、と、説明しておいた。

 母の予想に反して娘のロゼラインはそのお茶を飲んで命を落とした。

 主だった毒物への耐性をすでに身に着けていたロゼラインではあったが、サルビアが持ち込んだ希少な毒への耐性はなかったのだ。

 母はこの事態に驚きはしたが、すぐに自身の保身を考え、まずロゼラインの私室に問題の毒を置き、さらに自分がお茶を入れたことを知っているゾフィを解雇した。


 このいきさつを聞いてロゼラインは怒りを通り越し呆れた。


 サルビア以外、誰にも殺意があったわけではないが、誰もが法的に大いに問題のある行動をし、誰もが自分がしでかしてきたことの重大さと愚かしさを自覚しないまま、『邪魔者』であるロゼラインが死んでくれて『問題なし』とことが起きてしまった後判断したのだから。

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