第8話 正しい報いとは?

「上級の精神生命体?」

 ロゼラインはオウム返しに疑問を返した。

「さよう! 肉体を持つ知的生命体たる人間が存在するもろもろの世界には共通する『概念』がある。『概念』とは人が行う様々な事象を抽象的かつ普遍的にまとめたコンセプトであり、わかりにくいかな?」

「はい、はっきり言って何をおっしゃりたいのか……?」

「う~ん、要するに神や精霊と呼ばれるものの中には『善』とか『悪』とか、あるいは『美』とか、実体のある自然物ではないものを象徴する存在がいるだろう、私もそれであるということだ」

「ああ、それであなたは『推理』の神であると……?」

「いや、ごめん。ちょっと『推理』から離れて……」

「じゃあ、『復讐』の神?」

「それも違う」

「でもさっき、猫ちゃんが『復讐したいか?』って聞いてましたよね」

「確かに聞いてたね……」


 ローブの男は自分の足元に座っている黒猫を見た。黒猫はゴメンと言いたげに自身のおでこに手、いや前脚を当てていた。ただ毛づくろいをしていただけかもしれないが。


「私は『善悪すべての行為に対し正しく報いを与える』ことを司る。ただそれぞれ異なる世界において期待される役割が微妙に異なるために、ある世界ではそれが『正義』といわれたり、別のところでは『復讐』を主に期待されたり、いろいろあるんだな、これがまた」

 男は説明した。

「だったら、未来の王妃として死ぬほど厳しい教育に耐え、それでも家族や夫となる人にまで冷遇され挙句の果てに毒殺されたのも、あなたの言う『正しい報い』だと?」

 ロゼラインは納得できないという風に声を強くした。

「いや、だから……、私が司る『概念』において黄信号が灯ったと猫も説明したよね」

「黄信号? ずいぶん軽い言い方なのね。さんざん心を傷つけられ無駄な努力を続けさせられた挙句、殺された私の人生の価値はあなたたちにとってその程度のものなの?」


 それだったら、娘の死すら家門の利益と天秤にかけて「いい時期に死んでくれた」と、吐き捨てるノルドベルク家の人間たちや、弔いが終われば新しい婚約者や友人とけろりとした顔で談笑する元婚約者の王太子と大差ないわ、と、ロゼラインは不信の念をあらわにした。


「まあまあ、お姉さん。人とは努力した分だけそれに見合う成果が得られると信じたいもの。それゆえに、あるじに対する人の期待値は高いものの、あるじの身、いや魂一つじゃ異なる次元に数多くあるすべての世界の事柄について漏らさず対応するのはなかなか難しくてね。それでもあまりにもひどい事例や危険性が認知されればそれに対応すべく私らが飛んでくるわけよ。こんな風になる前に対応できなくてごめんね」

 黒猫がなだめるようにロゼラインに言った。


 この猫、言葉の選び方と言い、そこに立っている男よりも人の心に対する細やかな気遣いができるようである。

 ロゼラインはひざまずいて黒猫のあごを撫でた。ゴロゴロと気持ちよさそうな音を黒猫は鳴らした。


「え~と、いいかな……」

 軽く咳払いしながら概念の精霊とやらが再び口を開いた。

「遅きに失したという抗議なら甘んじて受けよう。今更ではあっても君の知りたいことややりたいことにこたえられる存在は私たち以外にはないと自負しているよ」

「じゃあ、知りたいのは私が死に至ったいきさつ、やりたいのはさっきも耳にした会話の腐れ外道たちに目に物見せてやること。それをあなたはかなえてくれるというの?」

 ロゼラインは迫った。

 目に物見せるとかずいぶん悪役チックな物言い、生前では考えられなかったことだ、と、ロゼラインは自分で自分に感心した。

「そうだね。では順番に片づけていこうか、まずは君の死の真相から。こう見えても世界を管理する精神生命体だからね。たとえ隠された事柄でもこの世界のことで私が把握できないことはないよ。」

 男は断言した。


 世界を俯瞰する精霊にとっては、地道に証拠を集める手間もそれを組み立てて推論する頭の体操も必要なく、一つしかない真実をすでにつかみ取っている様子だった。

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