第33話 凪月との勉強会②
勉強会もついに今回で5回目になった。凪月は相変わらずあまり理解していないようだけど、俺が教えたことで授業も少しわかりやすくなっているようだ。本当に良かった。
空もオレンジ色になってきて、俺たちは休憩していた。
「ねーえ、錦小路」
「なに?」
「錦小路って好きな人とかいないの?」
髪の毛をくるくるといじりながら凪月が呟いた。
唐突すぎる質問に思わず飲んでいた麦茶を吹き出しそうになる。
「……なんでそんな急に?」
「だって気になるんだもん。ねーえ、いないの? みんなには内緒にしてるから。こう見えてもなつき、けっこう口固いんだよ?」
ねー、ねーと駄々っ子のように尋ねてくる凪月。
頭にぱっと浮かんだのは綾芽の姿だが、それもなんというか……付き合った時点で死ぬ確率あがるかもしれないくらいだからなぁ。なんというか、今は恋愛対象じゃないというか。
「まぁ、いないかな」
「なんでー。じゃ、告白されたりは? 錦小路、優しいからモテるでしょ」
「別に優しくもないしモテないよ。告白されたこともない」
錦小路が中身だった時代も、告白というよりかは力をちらつかせることの方が多かったみたいだしな。もちろん俺になってからは、一度もない。この前の主人公の件で悪目立ちもしちゃったし。
「うっそだー。なつきちゃんの勘はそう言ってるんだけどなー。まっ、それなら仕方ない。きっとなんかのタイミングが合わなかったんだね」
「そう、なのか……?」
「そうだよ。なつきちゃんの勘はけっこう当たるので。ほら、なんか動物的っていうか? 友達にもそう言われるし」
「まぁ、たしかに……?」
「錦小路も納得するんだね」
「言われてみればって感じだけどな」
なぜか凪月にジト目で言われた。案外気にしてたのか? 動物的だって言われたこと。
「まぁ、それでなつきちゃんの勘はよく当たるわけなんですけど、ひとまずそれは置いといて」
「置いとくんだな」
「うん。置いといて、ずばり、錦小路は気になる人、いますか? もうさ、可愛いなって思う女の子でいいからさー!」
「さっきも言ったけどいないよ……ていうか、なんかあったのか?」
「えっ」
分かりやすく凪月はうろたえた。半分冗談で言ったつもりが、本当に何かあったらしい。
「い、いや~、なんかあったってほどじゃないんだけどね。あ、あのこれは相談だからみんなには内緒にしてくれる? 実を言うと由香にも言ってないんだけど」
親友にも言ってないような相談を俺が受けてもいいのか心配だけど……でも凪月がそうして欲しいっていうならできるだけ乗った方がいいよな。
「わかった。まず、何があったんだ?」
「何があったって言ったらさぁ」
相変わらず凪月は髪をくるくるといじっている。俯いているから、表情はよく見えない。
「告白、されたんだよね」
凪月は、小さな声で呟いた。おかしいな。ゲーム内だったら、もっと嬉しそうに言うはずなのに。だって凪月は万年彼氏が欲しいと嘆いていたくらいなんだから。
「告白かぁ」
「そ。告白。告白されちゃってさ、なつき、嬉しかったの」
「まぁ。告白されるっていうのは嬉しいことだよな」
誰かが自分のことを好きでいてくれる――純粋に考えると、それはある意味奇跡的なことで、すごく幸せなことだ。
俺は告白されたことがないから余計に憧れもあるし。
「それになつきずっと彼氏が欲しくて。本当に欲しくて、嬉しかったんだけど……」
「うん」
「だけど、なんか、断っちゃったんだよね」
「……マジか」
ゲーム内では告白してきた男子とすぐに付き合ってなかったっけ。それでこっぴどいフラれ方というか、かなり傷つけられて、それを主人公に慰めてもらったり、あとは相手方の男にいろいろ言いに行ったりしてた気がする。
ということは、主人公がいなくなったことで、またゲームのシナリオが変わってる?
「なんていうか、告白されたときにこの人じゃないなぁって思っちゃったの。ううん。思っちゃったっていうか、他の男の子の顔が浮かんで」
「……マジか!」
まさかこの時点で凪月に好きな人(おそらく)ができるとは思わなかった。じゃあ俺とのルートはもうないわけじゃん! ちょっと残念だけど、凪月に関してはもう死亡フラグを免れたのでは。
「そうなの。それでさ、だから、えっと……どうしたらいいと思う?」
「どうしたらいいって?」
「えっと、なつき、その子のこと好きなんだと思う? 自分じゃ分からなくて」
「まぁ、好きなんじゃない? 断っちゃったってことはさ。だからアタックしてみて、それで考えたらどうかな。もしそのアタックが苦じゃないって思ったなら、本気で好きなんだってことだろうし」
「そうかも! じゃ、そうしてみる。錦小路、頭いいね~。やっぱり相談して良かった!」
「解決したならよかった。まぁなんにせよ、俺は凪月のことめちゃくちゃ応援してるから」
「ありがとー! じゃあなつき、めっちゃ頑張っちゃう」
凪月はホクホクした笑顔だ。良かった良かった。解決したみたいで。まぁ俺、恋愛経験微塵もないからちょっとこれが回答として適切なのかは分からないんだけどな。
「じゃ、勉強の続きやるか」
「は~い。えっと、錦小路先生、ここが分かりません!」
「よろしい。では、そこからやろう」
「ん~! 疲れた~」
「だなぁ。けっこう今日はやった量も多かったし」
問題集をパラパラめくって、今日やったところを確認する。これなら、2週間後の期末テストの赤点回避は確実だろう。
「よね! じゃ、じゃあさ、錦小路、今日は教えてくれたお礼ってことで……」
「あっ、ごめん、ちょっと電話入っちゃった。出ても大丈夫?」
「う、うん。あっ、でもお礼するのは確実だからね! それに今日はなつきと帰ること!」
「分かった。たぶんすぐ戻ってくるから」
それだけを告げ、教室の外に出る。
電話をかけてきたのはやはりと言うべきか、綾芽だった。
「花野井さん。今日はどうしたの?」
「ちょっと声が聴きたくなって。ごめんなさい」
「いや、いいんだけどさ。放課後はわりと用事が……」
「その用事もそろそろ終わったかなって思ったんです。それと、前に会おうと言った約束。まだ答えが聞けていません。例えば明日はどうです? 用事、ありますか?」
「いや、ないけど……」
「じゃあ、明日会いましょう! 絶対ですからね。では、切ります。ありがとうございました」
電話からはつー、つーっと不通音が鳴る。
そう。最近はこうやって、何回も電話をかけてくるようになっていた。しかもけっこう短い。世間話にも満たないやつ。そのたびに会える日は少ないとはぐらかしていたものの、そろそろ彼女の期待に応えないとヤバそうだ。
でもそれにしてもおかしいな。ゲーム内の綾芽だったら、もっと穏やかっていうか、健気な子だったんだけど……
「錦小路~。電話終わった?」
しばらく携帯に表示される『花野井 綾芽』の文字を眺めていると、教室から凪月が出てきた。
「あぁ」
「今のも女の子の電話だったんじゃないの? やっぱりモテるんだ、錦小路は」
「えっ、いや、別にそういうわけじゃ……ってそれも朝比奈の勘?」
「そうだよ~。じゃ、帰ろうか」
「そうだな。日も暮れてきたし」
「ちなみに錦小路はなつきの前で女の子と電話したから、コンビニでアイスを奢られる刑で~す」
「罰になってないじゃんそれ」
「おっ、それは錦小路にとって、なつきといることが罰にならないって意味ですね?」
「いや、罰にはならないだろ」
「ふーん。そっか」
凪月は何かを考えこむような顔をした。
「じゃっ、コンビニ行くよ? どこがいい?」
「うーん。ビッグストップのアイスは美味しいけど」
「おっ、気が合うね~。なつきもちょうどそう思ってたんだよね。よし、そうしよう! 出発進行~!」
やたらテンションが高い凪月と一緒に、ほぼ誰もいなくなった廊下を歩く。隣で楽しそうに笑う凪月に、なんだか暖かい気持ちになった。
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