第32話 凪月との勉強会

 凪月との勉強会が始まった。とはいっても、凪月は陸上の練習があるみたいで、その合間を縫っての開催になる。


「えーっとそこはsinΘだから……この公式を使えば」

「ん? その公式なんだっけ」

「教科書のここに書いてあるよ。ほら」

「ほんとだ。この公式ってどういう意味なの?」


 ……とまぁ、こんな感じでけっこう苦戦してるんだけど。

 どうやら凪月は授業の大半をこんな感じで理解していないらしい。いくら推薦だとしても、どうやってこの学校入ったんだ。


 2人で問題を解き続けること1時間。やっと、数問解き終わった。


「疲れたー!」

「凪月、集中してたもんな」

「こんなに勉強頑張ったの、久しぶりだよ。やっぱ仲がいい人とする勉強は違うなぁ」


 凪月が笑みをこぼす。うーん。可愛い。なんの曇りもないって感じだ。


「お疲れ様。そうだ、これ、差し入れ」


 俺は凪月にジュースを差し出した。

 

「いいのー! しかもなつきが超好きなやつ! マジで錦小路天才すぎ」


 凪月が嬉しそうに声を上げ、それが教室内に響き渡った。勉強会のため、空き教室を貸してもらっていたのだ。よくラブコメなんかである、放課後の教室に2人きり、の状態である。

 まぁ、ちなみに本来のゲームでは、勉強会を重ねるうちに、そんなことにいたるルートがあったりもするんだけどな。それは俺はできないわけで。倫理的にOKかって問題もあったりするし。付き合ってもないのにさ。


「錦小路、ぼーっとしてどしたの?」

「あっ、いや、なんでもない。次何しようかなって考えてただけ」

「次? 次かぁ。なつきはテスト勉強進めたいかな」

「やっぱそうだよなぁ。だって次のテストでちゃんと点数取らないとやばいんだろ?」

「そう。夏休みに特訓が待ってるからね。ほんと、最悪赤点だけは回避しないと」


 凪月の表情が曇る。そりゃ夏休みの地獄の特訓だけは嫌だ。


「じゃあ、ちょっと休憩したし、次の問題解こうか」


 そうやって、凪月に声をかけた瞬間だった。急に俺の携帯が鳴る。


「あー、ちょっとごめん。電話してくる。ここの問題やってみて。さっきの復習だから」

「分かった。やってみる」


 凪月が頷き、シャーペンを動かしだしたのを確認してから、俺は教室の外へ出た。


 



「あの、もしもし。花野井さん?」

「あっ、もしもし。錦小路くんですよね。急に電話してごめんなさい」


 そう。携帯から流れ出した声は、まさしく花野井 綾芽のものだった。うーん、声だけでめちゃくちゃ可愛い。ゲームの時、綾芽の声を担当してる声優さんもほんと天才的だったんだよな。

 にしても、こんな時間にどうしたんだ。声を聴けたのは嬉しいけど、俺に電話してくれるはずなんてなかったし。だって俺はメールを交換したとしても、モブでしかないから。


「花野井さん、どうしたの?」

「はい。ちょっと会いたくなって、予定がなかったら会えないかなって思いまして」

「急だね」

「本当にごめんなさい。急なのは分かってるんですけど……どうしても会いたくて。ダメでしょうか? 今学校にいますよね?」


 ぐずぐずに溶かしたような、そんな甘い声。思わずうん、と頷きそうになった。危ない危ない。


「ごめん今ちょっとやらなきゃいけないことがあって。また今度でいいかな」

「はい。ありがとうございます。また連絡しますね!」


 それだけを告げられて、電話が切れる。

 まぁ、断っちゃったから次はないかな。でもこれで俺がモブだっていう事実が守られたわけだ。主人公も離れたとはいえこれからどうなるかなんて分かんないし、ちょうどいいだろう。

 とにかく今は凪月の成績を上げないと。やる気をだして、俺は腕まくりをした。

 その瞬間、頭に綾芽のある言葉が蘇る。


「今学校いますよね?」


 ……あれ、なんで綾芽は俺が学校にいるって知ってるんだろう。

 俺がこれから学校に残らなきゃいけないことは成田しか知らないはずなのに。成田にでも聞いたのかな、と俺は自分自身を納得させて、教室の扉を開いた。

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