第28話 元主人公との対峙③

「神奈ちゃん……!?」

「話全部聞かせてもらったんだけど。そもそもわたしはあなたと心を通じ合わせた覚えはないし、錦小路くんがわたしをたぶらかしたこともない。話を撤回してくれる?」


 うわぁ。後ろにはっきりと殺気が見える。美人が怒ったら怖いって本当なんだな。今後、神奈だけは怒らせないようにしよう。


「そんなこと……だって神奈ちゃ……いや、君はあのとき、俺と2人だけの秘密ねって言ったじゃん。それは俺を信用してくれたってことで、俺はそれを信じてたし、君もそれを信じてくれてたんじゃないの」

「わたしは確かに、あなたが誰にもわたしの秘密を言わないことを信じてた。信じようとしてた。でもだからと言ってあなた自身を全力で信頼してたわけじゃないし、もちろん2人の間でしか共有できないような秘密を抱えてたわけじゃない。他にも知ってる人がいる。あなただけじゃないの」

「そんなの。酷いよ。酷すぎる。あの約束は何だったんだよ。信じてたのは俺だけってそんな冗談は……」


 見るからに才田が憔悴した。心なしかフラフラしている。


「勝手に勘違いしたのはあなたでしょ。たしかにわたしはあの瞬間、あなたと誰にもできない秘密を共有していたのかもしれない。分かりにくかったなら謝る。だけどわたしはそんなことをしたつもりはないし何より」


 神奈が一歩詰め寄った。


「それがわたしの友達を侮辱していい理由にはならない」


 神奈は言い放つ。

 少し、心がじんと温まった。


「なぁ、神奈ちゃん。君は何か間違ってるんだよ。そいつらは、君には不相応な人間だ。君が関わっていいような人間じゃない」

「じゃあ、誰といたらいいの、わたしは」

「もちろん。北川とか、山口とかの目立つやつらだよ。普段君が一緒にいる」

「あなたの言うように、たしかに彼らも友達だよ。だけど、錦小路くんや成田くんも同じくらい仲がいいの。わたしが一緒にいたい人はわたしが決めるべきであって、あなたが決めるべきじゃない。ほんとさっきから、何様のつもり?」


 神奈はすごい勢いでまくし立てた。

 才田はかなり押され気味だ。


「何様のつもりって……なんで……俺は正しいことを言ってるだけだ」

「わたしから見たら、あなたの発言に正しいところなんて1つもない。そもそも人のことをそうやって見ていることがわたしは気に入らない。わたしはあなたのことが嫌いなの」

「嫌いって、そんな……」

「そりゃそうよ。さっきも言った通り、大事な友達を侮辱されたんだもの」


 才田の顔から色がなくなっていく。

 しばらくしてから、彼はゆらりと顔を上げた。


「ふざけんな。このクソビッチ!」


 急に火が付いたかのように動き出す。俺も同時に、神奈の方へ走り出した。

 繰り出される拳を手で摑まえる。

 あぁ、でもこの場面、強烈なデジャヴを感じるな。殴られたなかっただけ、前よりマシだけど。


「才田、女殴るのだけはやっちゃダメだ」

「でも、そいつは……!」

「でもじゃないだろ」

「俺のことを騙して……!」

「2人の間にどういうやりとりがあったのか俺は知らないからなんとも言えないけど、俺は佐々木がそんなに悪いことをしたとは思えない。それに、それ以前に殴るのはダメだろ」


 才田はまだ俺の手を解こうともがく。

 まだ懲りてないのか、こいつ。

 これ以上収集つかなそうなになったところで、チャイムが鳴った。


「次の時間、時間割変更でHRだったよね」


 神奈がボソッと呟く。まさか……


「それは佐々木に不利になるっていうか、いい印象をもたれないんじゃ」

「さっきから何回も言ってるでしょ。あなたたちはわたしの大事な友達なの。みんなに、もっといい人だって知ってもらいたい」

「……ありがとう、じゃあ、頼むよ」


 俺が声をかけると、神奈は頷いてゆっくりと歩き出した。

 でも……ここから見てもはっきり分かるくらい、手が震えている。そりゃ怖かったよな。殴られそうになったんだから。


 俺は神奈の姿が見えなくなるまで、才田の手を掴んでいた。








「あの、今日はHRを始めたいのですが、その前に錦小路さんから話があるそうで」


 先生が戸惑ったような表情のまま、授業は始まった。神奈が事前に先生に、俺が話したいことがあることを言ってくれてたみたいだ。


「あの、この前の体操服と掲示板の件で、話があります。あの、その、それは……俺がやったわけじゃない、ということです。まぁ……これは前も言ったことだと思うけど」


 そう。俺は前もHRでこのことをみんなに言っていた。ナイフが出てきて、弁解の余地もなかったけどさ。


 俺の一言で、クラスがざわざわと騒がしくなる。


「また言ってるよ」「そもそも錦小路の言ってることなんて、信じられるわけなくね?」「ていうか、やっぱりこわ」「信じろっていうほうが無理だよな」「でもこんなに何回も言ってるってことは、本当なのかな」


 反応はさまざまだけど、ほとんどが俺を信じてくれていないもだ。

 一応、あの録画は先生だけに見せるつもりだったから、このクラスの俺への認識を覆そうとは思わないけどさ。悲しくはあるよな。ため息をついたところで、ふと神奈が立ち上がった。

 スタスタと歩いて、教卓前のプロジェクターに向かう。それから、備え付けられているケーブルを、自分の携帯にさした。


 前のスクリーンには、さっきの録画が映しだされる。

 まさか……


「ごめーん。手が滑っちゃった」


 明らかな嘘に、クラス全体の空気が凍った。


 才田が立ち上がって、神奈を止めに行く。また暴力を振るうつもりかもしれない。俺も立ち上がって、才田の手を掴んだ。才田は放してほしそうにもがく。


 さっき繰り返した、才田とのやり取りが、スクリーンに再現される。


「やめてくれ……!!!」


 才田は悲痛に叫ぶが、クラスメイトの才田を疑う目は、録画が続くにつれ、強くなっていった。極めつけは、才田が神奈を殴ろうとしたシーンだ。数人の女子から、小さな悲鳴が上がる。


「あ……あっ、えと……」


 才田は声を漏らすだけで、もう何も言わなくなった。


「まさか自作自演だったのか……」「さすがにそれはキモすぎだろ」「えっ、マジか。錦小路に悪いことしたな」「才田って大人しそうに見せかけてこんなやつだったんだ」「まぁ、なんかちょっと怖そうな感じもしてたもんね」


 もうクラスには誰も、才田を信じるやつはいない。

 今日までは可哀そうな被害者として、みんなに優しくされていたのが噓みたいだ。それにしては、手のひら返しが早すぎるような気がするけどな。まぁ、こんなもんか。


「あ……」


 才田が最後に声を漏らした時にはもう、クラスメイトの目は才田へ向けられていた。


「というわけで、錦小路くんは今回の件に関して、何もやっていません。全部才田くんの自作自演です」


 神奈が教卓の前ではっきりと告げる。

 クラスは、しんと静まり返った。


 いやー、それにしても神奈怖いな。怖すぎる。これから絶対、怒らせないようにしよう。

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