第25話 綾芽との再会

 目の前で初恋の人が、美味しそうにパフェを頬張っている。しかも2人きりで。

 誰もが憧れる光景じゃなかろうか。


「お礼、こんなので良かったんですか」

「俺、大したことしてないですし」

「そんなことないです。命を救ってもらったも同然なんですから」


 結局放課後、俺は目の前の少女――花野井 綾芽にカフェで奢ってもらうことになった。

 もうこれ以上お礼を断るのも失礼だというのと、なんとなく、断っても無限ループになる気がしたから。

 あとあの寒いセリフをもう一度擦るのも気持ち的に無理だし。


「お名前は錦小路さんで合ってますかね?」

「あぁ……まぁ、はい」

「私の名前は花野井 綾芽です」

「そうなんですね」

「……はいっ! 敬語外しませんか?」

「あっ、そうですね。いや、そうだね」


 目の前の人はいくら俺が助けた人物だと言っても、初恋の人なのだ。しかも会えないと分かっていて、諦めていた。

 かなり感動するし、緊張して上手く話せない。そもそも敬語外すのだってなんかおこがましくないか?

 悶々と考えていると、綾芽が口を開いた。

 

「錦小路さん、チョコレートがお好きなんですか?」

「あっ、うん。ケーキとかもチョコレート味が好きかな」

「そうなんですね! 錦小路さんはチョコレートが好き……なるほど」

「えっ?」

「あっ、いや、なんでもありません」


 綾芽が慌てて否定する。

 ……そういえば綾芽は、デフォルトが敬語なんだよな。そこも好きだった。

 敬語で清楚で、ちょっっっっっっとだけツンデレが入ってる。あと嫉妬しがち。最高だろ。


「錦小路さんは5組なんですよね」

「うん」

「私は1組なんです」

「そうなんだ……てそういえば」


 ふと思い出して尋ねる。


「なんでクラス離れてるのに助けた人が俺だって分かったの?」

「あっ、そっ、それは、その……とても言いづらいんですけど、噂話を聞きまして……入学式の日にケガをしたっていう。あとは同じ学年だということは確信していたので、そこで気づきました」

「なるほどな」


 入学式からだいぶ時間が経っていたけど、そうか、噂話か。

 でもそれにしても、クラス離れてるのに話は伝わってるのか。こわっ。

 これからはもっと清く正しくモブらしく、気を付けないとな。


「あのー、こんとことを言うのもなんですが……」


 綾芽が上目遣いで尋ねる。うっ、破壊力が凄まじい。

 

「なに?」

「本当に、助けていただいた立場で言うのもなんなのですが、その……」

「ん?」


 綾芽がもじもじといたたまれなさそうだ。何かお願いごととかだろうか。


「あの、私と、お友達になっていただけないでしょうか……!」

「……へ?」

「あ、あの、その、私、あんまり男の人の友達がいなくて。それで、あの、本当に、助けていただいた身で言うのもあれなんですけど、その、何かの縁なような気もして、それでお友達になれたらなって。あ、ほぼ初対面みたいなものですし、気持ち悪いとか思ったらそれでいいんです。だけど、その……」


 綾芽は黙ってしまった。

 うーん。これは、なんて返せばいいんだろう。

 綾芽と関わりを持たないように俺は過ごしてきた。登場人物と関わってしまったら、その時点で死亡する確率が高まるから。

 けど綾芽は今すごく一生懸命な顔をしていて、必死で、耳を真っ赤にしている。

 俺には彼女の願いを聞き届ける義務はないけど、でも今断ったら、少し傷つけるだろう。

 でも……


「分かった。友達になろう」


 気づけば俺は口を開いていた。

 たしかゲーム内でも、綾芽には男友達がいないという設定だったはずだ。高嶺の花すぎるから。

 そして本人もそのことを気にしていた。コンプレックスに近いところまでは。

 でももし、俺が助けになれるのなら……


「い、いいんですか……!」

「まぁ、俺でよければって感じだけど」

「お、お願いします! まずはメールの交換から」

「分かった」


 お互い携帯を出し、メールを交換する。


「本当にありがとうございます。とても嬉しいです」


 綾芽が頭を振る勢いで頭を下げる。


「いや、別に友達が増えるのは俺も嬉しいし」

「そんな……本当に、本当にありがとうございます。これからよろしくお願いします!」

「うん。よろしく」


 携帯を握りしめて嬉しそうにする綾芽。この顔を見ると、やっぱり交換して良かったと思える。


「じゃあそろそろ帰ろうか」

「そうですね。長々とすみません。今日は本当にありがとうございました」

「もうお礼はいいって」

「そう、ですね。では、さようなら」


 料金を払ってもらい、店の前で別れる。

 綾芽は俺の姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。可愛いな。


 今日は不覚にも関わりを自分から持ってしまったけど、でもこれからできれば、友達としていい感じの距離を保てばいいだけ、のはず。


「いや、やっぱヤバかったかな」


 俺は呟きながら、帰り道を急いだ。

 





 錦小路と別れてから、綾芽は呟いた。


「よし。これで連絡先の交換までできましたね」


 さっきの話は、計画に近いものだった。本心が5割、演技が5割といったところだろうか。

 ああいう風に言えば、お人好しな錦小路が断れないのは分かっていたのだ。


「できればもっと、錦小路くんと仲良くなりたいですね」


 連絡先どころじゃない。もっと錦小路と仲良くなりたい。もっと深くまで彼のことを知りたい。


「まずは定期的に連絡を取れるようになるところから、ですね」


 綾芽は確かに純粋で、優しくて、穢れをしらないような女の子だ。

 しかし、ゲーム制作者には、彼女にひそかな設定を追加していた。


 ちょっとヤンデレで、計算高く、距離を詰めては絶対に逃さないようにするという設定を。

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