幕間
その後のふたり
耳元ですぅすぅと規則的に立つ寝息で、目を覚ました。
んん、といつものように身じろぎして、腕を伸ばそうとしかけ、
葉の肩に頭をくっつけるようにして、だいすきな女の子が眠っていた。すこしひらいた口からすぅすぅと穏やかな寝息がこぼれている。つぐみはヤマネが冬眠するときみたいに、身体をちょっと丸めて眠っていて、ちいさくて、あどけなくて、とてもかわいい。いや、今の葉だったら、つぐみが寝ぼけて足蹴にしてきたって、足蹴ってきてかわいいなー、と思うにちがいなかったけれど。
つぐみを起こさないようにすこしだけ身体をずらして、頬にかかっていた髪を耳にかける。昨晩もたくさん触れた髪にまた指を絡めて遊んでいると、
「ん……」
微かな声がして、つぐみがうっすら目をひらいた。髪を撫でるために離れていた葉の肩にきづいて、自分から身を寄せて顔をうずめるようにする。
「だーめ……どこかいっちゃ……」
むにゃむにゃとまだぼんやりした声で駄々をこねたあと、もう一度葉の肩に額を擦りつけようとして、はっ、とその手が止まる。伴い、すべての動作も止まった。おそるおそる、つぐみが葉のほうへ目を上げ、みるみる頬を真っ赤にする。
「なんでわらってるの!?」
「だって、君があんまりかわいいからつい……」
「ち、ちがうから。いまのは、寝言だから。まちがえたの」
「うんうん」
「にこにこしないで」
「してないよー」
にやけないようにがんばりつつ、つぐみの頬にかすめるようなくちづけを落とす。
見た目どおり熱い。こめかみや耳の後ろあたりにもキスをしていると、ひぇ、という声がして、唇が離れた隙につぐみが掛け布団を引っ張り、なかに隠れてしまった。ベッドのうえには、突如布団の小山が出現する。
「もう無理!」
「えっ、なんで?」
「だって、きのうあんな……あんな……」
口にするのも耐えられないというように小山がぷるぷると震えた。
ええ……?と葉はすこし考え、首を傾げる。
「でも、とってもかわいかったよ?」
「無理!!」
信じられない!とでも言いたげに叫ばれた。
素直に思ったことを口にしただけなのに。でも、つぐみはやんごとない家で育った慎み深いお嬢さんだから、そういうふうに思うのかもしれない。
「つぐみさーん」
布団の端を押さえたままびくとも動かなくなってしまった小山に葉は呼びかけた。
「つぐちゃーん。ね、おなか減らない?」
「…………」
「シャワー浴びてごはんにしようよ。きのう、つばめベーカリーでマフィン買ったよ。つぐちゃんすきでしょ? レタスとハムをはさんで、コーンスープもつけたらおいしいよ」
返事は戻らなかったが、聞き耳を立てている気配は感じる。
よし、と思って、そーっと布団の端をめくると、瞬時に阻まれた。てごわい。
「……わたしに幻滅とか、してない?」
「幻滅? なんで?」
「き、
「うん?」
「だから、……むねが……ちいさいとか……」
消え入りそうな声で言われて、目を瞬かせる。
「君ならなんでもかわいいよ」
「君はわたしの採点があますぎる」
「そうかな?」
べつに葉はつぐみを採点する立場になんかないし、仮になにか試験のようなものがあったとして、つぐみなら、テストなしですべて百点満点、首位通過だ。
ちら、と小山のほうを見て、葉は音を立てずにベッドから下りた。沈黙が気になったらしく、「……葉くん?」とつぐみが掛け布団の端を持ち上げる。
「えいっ」
後ろから回り込んで小山にちかづく。
「つかまえたー!」
つぐみのおなかのあたりに腕を回すと、びっくりしたようにちいさな声が上がった。
「うしろ、ずるい!」
「隠れちゃう君のほうがずるいよ」
だって、まだ朝も早い時間なのだ。
街が起きだしてくるまで、つぐみをぎゅうぎゅうしたり、キスしたりしたい。それから、シャワーを浴びて、ちょっと贅沢な朝ごはんをつくるのだ。今日はクリスマスで、君の誕生日の翌日なのだから。
やっと捕まえた女の子を布団ごと抱きしめていると、きゅるきゅるとつぐみのほうから小動物の鳴き声みたいな控えめな音が鳴った。と思ったら、葉のおなかの虫も盛大な音を上げる。ふたりで目を見合わせたあと、こらえきれずにちいさく噴き出した。
「まずは朝ごはん、食べようか」
「うん。マフィン買っておいてくれたんだね」
「多めに買ったから、『エッグベネディクトっぽいもの』もできるよー」
「うん、すき。『エッグベネディクトっぽいもの』」
「じゃあ、今日はそっちにしようか」
まだちょっとわらいながら立ち上がって手を差し出すと、つぐみは今度はうれしそうに手を伸ばしてきた。
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