第3話 紗夜vs春香 ②
こうして紗夜と春香の真剣勝負が始まることになった。
先行はジャンケンにより春香に決まった。
「さて、それじゃあ行きますわよ!」
春香はそう言ってボールを構えた。
まずは様子見だ。
「はっ!!!」
少し強めに投げる。うちのクラスでも無能力者ならまず取れないだろう。
しかし……
「ほいっと」
紗夜はその球を軽々と受け止めた。
そしてポンポンとボールをたたくと春香を見た。
「うん、まあまあって感じだねー。でも、ハルちゃん。手、抜いてるでしょ?」
そして、話しながらボールを構える。
「だめだよ、ちゃんと本気でやらないとっ!」
「きゃっ!?」
紗夜から放たれたボールは想像以上のスピードで、思わず春香は取り損なってボールを打ち上げてしまった。
「いけないっ」
春香はそれを高く跳躍してキャッチする。
軽いその身のこなしに観客の生徒たちからも歓声が上がった。
「さすが朝日様ですわ!」
「やっぱさすがだよなぁすげえ反射神経」
「でもその前の宵闇さんの球も相当早かったぞ」
「あの子無能力者じゃなかったのか」
いけないいけない。と、春香は自分を戒めた。
侮っていたわけではないが油断をしていた。だがこれで確信が持てた。
今の球は普通の人間に放てるものではない。やはり紗夜は異能力を覚醒したのだ。
それにしたって性格の変わりようは妙だとは思うが。
「でも、これで安心して本気がだせますわね」
春香はそう言うと右足を後ろに引き、強く地面を踏みしめた。
ビシッ地面に亀裂が入る。
春香はこの名門校の中でも異能力の練度はトップクラスである。
その副産物として、異能力なしの状態でも常人とは一線を画する身体能力を有していた。
「さっきのようにキャッチしようなんて考えないことです。怪我では済まないかもしれませんわよ」
春香は「はぁぁぁぁぁぁ!」と叫びながら球を直線に投げた。
その威力に他の生徒たちからも「ひぃ!?」と悲鳴が上がる。
「うわっ!」
紗夜はその球を目を見開いて見て、自分にあたるギリギリのところで飛び跳ねて躱した。
そして球はそのまま外野の生徒の足元にむかって飛んでいく。
「うお!?」
球は外野の生徒の足元にめり込み、その反動で生徒を吹っ飛ばした。
「おいおい……」
「まさか朝日様、本気で宵闇さんを殺すつもりじゃ……」
「誰だよこのクラスでドッジボールしようとか言ったやつ……」
これには流石に生徒たちもドン引きの様子だった。
しかし
「ひゃあ、すごいね! でもギリギリ当たらなくてよかったぁ。これで……」
紗夜は全く怖気づいてはいなかった。
「まだハルちゃんと遊んでいられるね!」
それはぞっとするくらい満面の笑顔だった。
そこからはまるで地獄絵図だった。
全力投球を連発する春香、そしてそれを楽しそうに笑いながら次々と避けていく紗夜。そして泣きそうな顔でボールを拾う外野。
もうクラスに紗夜を笑う人間は居なかった。
「本当によく避けますわね。でも、避けてばかりじゃ勝負には勝てません事よ」
大体50球を投げたころだ、春香が手を止めてそう言った。
「確かにそうだけど。ハルちゃんだってそんな威力の球いつまでも投げられないでしょ? ボールの威力もちょっと下がってきたんじゃない?」
紗夜の言葉に観戦していた生徒たちからも「確かに」と声が上がった。
「いくら朝日様でも疲れてきてるはずよね」
「ボールの威力も確かに最初ほどじゃないもんな」
「でもそれは宵闇さんも一緒のはず」
「つまり持久戦になるってことか?」
春香はそんな周りの声が聞こえたのか「ふっ」と笑った。
「あら、すみません。勘違いをさせてしまったようね」
そう言って春香は外野に立っている男子生徒を掌で示した。
「あまり強く投げすぎてしまうとあの子が可哀想だから、少しだけ手加減していたのよ。私が疲れてきている、ですって?」
春香はそう言って球を投げた。
それは一球目以上の強さで紗夜の横を掠めるように飛んで行き、後ろの壁にひびを入れた。
「余計な希望を持たないように教えておいてあげましょう。私はこれくらいの球ならまだまだ100球以上は投げられますわ」
「わぁ……それはちょっと、大変かも」
その言葉に流石の紗夜も顔をひきつらせた。
同時に見ていた生徒たちも顔を引きつらせ、春香の取り巻きの二人は逆に顔を輝かせた。
「さすがですわ春香様!」
「さすがは神の異能を宿すお方!」
「次世代の王となられるお方ですわ!」
「宵闇さんもさっさと降参した方が身のためですわよ!」
少し不安そうにしていた二人だったが、突然水を得た魚のようにぎゃいぎゃいと騒ぎ始める。
春香はそんな二人に向かって手を上げると言った。
「応援ありがとう。でも、少しお静かに」
「は、はいっ!」
二人のヤジがピタリと止まる。
「訓練されたワンちゃんみたいだね」
紗夜はそんな二人を見てハハハと笑った。
しかしどうしたものか。このままじゃさすがに体が限界を迎えてしまう。
「仕方ない。ちょっとだけ無茶するけど……いいよね。紗夜!」
紗夜はそう呟いて顔を上げた。
「ハルちゃん」
「なにかしら」
「私、次で決めるよ」
紗夜は覚悟を決めた表情でそう言った。
春香は笑みをこぼして言った。
「潔いのは好きよ。じゃあ私も全力で答えなくてはね」
「すぅぅぅぅぅぅ……」と深く息を吸い込む春香。
武道に優れない生徒からもその闘気がかすかに見えるようだった。
「これは……」
「次で決まるぞ」
「流れ弾がこっち来たら死ぬな俺たち」
生徒たちも息をのんで勝負の行方を見守った。
そして、春香が動いた。
「はぁっっっっ!!!」
間違いなく今日一番の一球。
ほとんどの生徒は目で追うことすらできなかった。
気づいたときには紗夜が跳躍していた。
「行くよ! 必殺、狐火シュート!」
そして跳んだままボールを蹴り返した。同時にボールは炎に包まれ、春香に向かって一直線に飛んで行った。
「なっ!?」
一瞬のうちに春香の脳内に考えが巡る。
キャッチする? 無理だ取れっこない。
避ける? いや、もう間に合わない。
最初のように打ち上げる? でも炎が……
考えがまとまらないままボールが目の前にくる。
そこからは反射で体が動いていた。
「蒼天反掌!」
異能力を込めた掌打を放つ。
ボールは三度方向を変え紗夜に向かって飛んだ。
そして……
「ぎゃっ!!!」
紗夜の顔面に直撃し、紗夜はゆっくり後ろに倒れた。
「はぁ……はぁ……」
春香の手はまだ震えている。力も上手く入らない。
反射的に異能力を発動させたから良かったものの、そうでなければどうなっていたか。
でも、これで……
「これで勝負有り、ですわね」
「ってことは」
周りの生徒が期待した表情で春香を見る。
春香はそんな生徒たちに笑みを向けて言った。
「ええ、これで私の……負けですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます