第2話 紗夜vs春香 ①
朝、姿を消した紗夜。
彼女は体育の時間になっても姿を現すことはなかった。
「逃げちゃったんじゃないのー?」
朝日春香の取り巻きはそう笑った。
しかし春香は一抹の違和感を拭えなかった。
紗夜は目の上のたんこぶだ。異能の家系に生まれながら異能を授からなかった落ちこぼれ。
それなのに異能者の私達を差し置いて学業の成績はトップ。唯一体育では身体能力の差もあり、負けてはいないが、それでも無能力者とは思えないほどに食い下がってくる。
朝日家は宵闇家に勝てない。それを体現されているようだった。
そんな彼女だ。逃げる、わけがない。
そんな春香の不安もよそに授業は始まった。
「今日は夏休み前の最後の授業だ。レクリエーションがてらドッジボールでもするか!」
教師はそう言って朗らかに笑った。
生徒たちは「高校生になってドッジかよー」などと笑いながらもまんざらでは無い様子だ。
「チームは何で分けようかー」
「グッパでいいんじゃねー?」
「さすがに人多くて決まらんだろ」
と、和やかにチーム分けが始まろうとしたその時だった。
「ちょーっと待ってくださーーい!!」
校庭の上から声が聞こえてきた。
みんなが目を向けた先には3階の教室の窓から身を乗り出す紗夜がいた。
「もー。体育が一限目だったなんて! 教室から見つけられて良かったよー!」
「なんだ宵闇ー、遅刻だぞー。待っててやるから早く降りてきなさーい!」
紗夜が授業に遅れるのは初めてのことだったので、教師は少し珍しそうな顔でそう言った。
「はーい!」
笑顔でそう言った紗夜は次の瞬間、他の生徒たちの度肝を抜くことになる。
なんとそのまま飛び降りたのだ。
3階の窓から。
「ちょ、ちょっと危ないぞ!」
思わず生徒たちから悲鳴が上がる。しかし、紗夜はみんなの心配をよそに飛び降りながら木をつかみ大きく跳ねる。
そして、近くの木を経由しながら飛び降り、みんなの元へ近付いていった。
「まじ……かよ」
「え? え? 今なんかすごい動き、してなかった……?」
ざわざわと生徒たちから声が上がる。
異能力者なら不可能ではないが、それにしたって勇気のいる行為だ。
それを紗夜はなんの躊躇いもなく行った。
「な、なによ、どういうこと……?」
春香は驚きと困惑を隠せなかった。
普段と違う紗夜のキャラにも、そして無能力者のはずの彼女の身体能力にも。
そしてそんな春香が紗夜をまじまじと見ていると、紗夜もまた、こちらを真っ直ぐに見た。
目があう。春香は思わずサッと目を逸らした。
しかし、紗夜はそんな春香にずんずん近付いてきたのだ。
「な、なにかしら!?」
慌てて強気にそう返す。何に焦りを覚えたのかは自分でもわからなかったが、自分に全くひるまない紗夜は不気味だった。
紗夜は春香のすぐそばまで来ると、ビシッと春香を指さした。
「勝負よ!」
「え?」
「この授業で私と勝負しなさい! そして私が勝ったらあなたは私のお友達になるの!」
それは思わぬ一言だった。
紗夜は春香を睨みつけながらそう言った。
「お友達って……何言ってんのかしら」
「朝日様に勝てるわけないのにねー?」
「怪我してから後悔しても遅いのよ?」
二人の周りから、取り巻き達のクスクスと笑う声が聞こえる。
しかし、一瞬驚いたような表情はしたものの、春香は一切笑わずに紗夜の目を見つめ返した。
「本気なのね」
「もちろん!」
「分かったわ」
春香は真剣な表情で答えた。
これは、チャンスだ。
「この朝日家の名に懸けて。その勝負、受けて立ちましょう」
予想外に真剣な春香の声に周りからは思わず「おおー」と歓声が上がる。
「名門二人の勝負だってよ!」
「これは面白くなってきたんじゃないか!?」
ヒートアップした生徒たちには「これ、一応授業なんだけどな」という教師の声は届かない。
こうして宵闇紗夜と朝日春香による、変則タイマンドッジボールが幕を開けるのだった。
「外野に出た場合はどうするの?」
「一人だけ仲間を置いてボールを回してもらうことにしましょうか。ただしあくまでボールを回してもらうだけ。勝負は私たちだけでつけましょう」
春香の言葉に紗夜は楽しそうに頷いた。
「おっけー。ハルちゃんも本気でかかってきてね!」
「ハル、ちゃん?」
「うん、春香ちゃんだからーハルちゃん!」
思わず口をぽかんと開ける春香。
本当に一体どうしてしまったんだろう。
見た目は間違いなく紗夜だ。しかしあまりにも中身が違う。
だが、まあいい。
「聞きたいことは多々ありますが……まあいいですわ。今は勝負が先ですわね」
そう言うと春香はボールを手に持ち、歩き始める。
「よし、じゃあ早速コートに行こー! あ、能力もばんばん使っちゃっていいからねー」
しかし、紗夜のそんな言葉に春香はピタリと足を止めた。
「いえ、それは結構ですわ。私は勝負には能力を使いません」
「え?」
そして紗夜の方を振り返る。
「能力を使えば、私はきっと……あなたを殺してしまうでしょうから」
彼女は美しい笑みを浮かべると紗夜にそう言い放った。
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