世渡り上手の式神使い

みゅーまる

第1章 宵闇紗夜は世渡り上手?

第1話 私は嫌われ者

 怪異の住む裏の世界、そして人間が住む表の世界。

 これはそんな裏と表の境が、まだ曖昧なこの現代の物語……



「退け! 前線はもう持たん! だがなんとしても朝まで持ち堪えるのだ!」



 月に一度の裏世界と現実の境が限りなく消滅する新月の夜。

 日本のとある場所は地獄の様相と化していた。

 巨大な怪異が三体も同時に発生し、国防軍は撤退を余儀なくされていた。



 そんな中、国防部隊の後ろから一人の狐のお面を付けた少女が、勢いよく前線に飛び出した。



「だ、誰だ!? よせ!!!」



 部隊長が慌てて止める中、少女は楽しそうに笑いながら大きく跳躍する。


「こんにちは大入道さん! そして……さよならっ!!」


 そのまま怪異の顔の近くで炎を纏う。


「行くよっ!狐火……シュートっっ!!」


 掛け声と共に少女は怪異の顔を蹴り飛ばす。

 そして狐面の少女は空中でクルクルと廻りながら地面に着地し、大きく伸びをした。



「うーん! たーのしーーい!!!」




 ***



 私は嫌なことがあると、決まって同じ夢を見る。

 家族に役立たずと罵られたとき。学校の皆に落ちこぼれだといじめられたとき。

 どうして私ばかりこんな目に。逃げ出したい。もうこんな世界にいたくない。強くそう思ったとき、決まって私は同じ夢をみる。




 チリン




 と、どこかで鈴の音が聞こえる。

 今日も気づけばその夢をみていた。視界いっぱいに広がる草原。そして雲一つない青い空。


 きっと今の世界にこんなきれいな場所は残っていない。そう思うくらい美しい場所だ。

 そして目の前にいるのは一匹の小さな狐。


「狐ちゃん。今日もあそぼっか」


 そういうと子狐は嬉しそうに「キュイッ」と鳴くのだった。


 ***


「いただきます……」


 朝起きて、朝食を食べる時間、この時間が私は一番苦手だった。母と二人きりで食事を摂らなくてはならないからだ。


 母は私をきっと憎んでいる。嫌っている。私はそう思っている。

 ……私は、落ちこぼれだから。



 私の一族、宵闇家は代々、優秀な異能を発現する名家として知られていた。時代の移り変わりでただでさえ異能者が減っている中、国防の要となれるような人間が多く生まれてくるとして、その界隈でも一目置かれているらしい。


 事実、父も兄も、素晴らしい異能を授かり国のために日々働いているのだという。


 しかし、私には何の力も顕れなかった。兄は5つの時点でその能力を自分のものにしていたのに、私は10年たっても全く何の異常性も発揮することができなかった。


 それに対して文句の声を上げたのは、一族を支えている周りの老人たちだ。

 まだ私は幼くて、彼らが何者なのかはわからなかったが、彼らは私の母を強く責めた。


「役立たずを生んだ女」

「お前の血が混じったせいで出来損ないが生まれた」


 と。


 初めは私の母も私を信じ、守ってくれていたのだが、毎日のように誰かに責められる生活の中で母の心は壊れてしまったのだろう。

 ことあるごとに私にあたるようになった。


「あなたのせいよ!!!」


 と。

 そして必ずそのあとに涙を流すのだ。


「ごめんなさい」


 と。

 それが私は、とても哀しかった。


 父は忙しくしていて、夜の食事の時しか会えないが、私に何の異能も顕れないだろうということを知ると、私から距離を取るようになったように思う。

ここ数年はほとんど言葉を交わしていない。

 唯一兄とは険悪な仲ではなかったが、兄は高校を卒業と同時に関西のほうへ仕事で行ってしまって、最近は会うこともできなくなってしまった。

 

家には、私の味方はいないんだ。




「ごちそうさま」




 私は手早く食事を終えるとさっさと高校へ向かう準備を整えた。


 私が通っているのは異能を持つ家系の生徒が多く通う名門校。もちろん全員が全員、力に目覚めているわけではなかったが、将来は自分の力を国のために生かしたいと考える人間が多かった。


 学校について私がまずすることは身辺の確認だった。


 靴の中に異物が仕込まれていないか、椅子は壊れたものとすり替えられていないか。

いじめ、というほどの規模ではない。が、私に日々嫌がらせを仕掛けてくる女がいるからだ。


 そして、身辺を確認していた時だ。油断していた。後ろに人の気配がしたと思うと上から水が降ってきた。



「っ!」



 思わず声が漏れそうになるほどの冷たさだった。

 振り返ると後ろにいたのはやはり彼女だった。



「あら、ごめんなさいね紗夜さん。私ったら花瓶の水をこぼしてしまったようだわ」



 クスクスと笑う取り巻きを引き連れ、上品な笑顔を浮かべながら彼女はそう言った。

 彼女の名は朝日春香。宵闇家の次に大きな派閥とされている名門、朝日家の長女だ。

 朝日家からすれば宵闇家は邪魔なのだ。この子もきっと親からいろいろ言われて育っているんだろう。


 だからこれは仕方ない。仕方ない。


 私が力を持たずに生まれてきてしまったのがいけないんだ。反撃する力も持たない、みじめで弱い存在だから……

 だから彼女にも嫌われてしまっているんだ。




「気にしてないよ」




 私は鬱屈とした感情を悟られないように笑うとその場を去った。

 幸い今は夏だ。すぐに、乾く。

 濡れた頬をぬぐうと、私は少しでも早く乾かそうと屋外に向かった。


 季節は夏、太陽がじりじりと皮膚を焼く。

 暑い日でよかった。すぐに水も乾くだろう。

 私は木陰に入り少し目をつぶった。


 一時間目はなんだったかしら。……そういえば今日は体育があるんだっけ。

異能を授かった者とそうでないものは身体能力にも差が生まれる。なんの才能もない私は体育が嫌いだった。




 チリン




 どこかでまた、鈴の音が聞こえた気がした。




 ***




 目を開くと、またいつもの草原だった。

 そして目の前にはいつもの子狐。しまった。寝てしまったみたいだ。

 紗夜は何も言わずに子狐の背中を撫でた。


 もう少しだけ、ここにいたい。そう思った。


 特別辛いことがあったわけではない。しかし紗夜の心は確かに少しずつ死んでいっていたのかもしれない。

 私は嫌われ者だ。嫌われているから、私が悪いんだ。


「私に力があれば、もっと毎日楽しく過ごせたのかな。みんなとお友達に、なれたのかな……」


 そんなことをつぶやいて子狐を抱き上げる。

子狐はそんな私をみて「キュイ?」と首を傾げ、なぜか口をパクパクさせた。

おなかすいてるのかな。でも、当然夢の中で食べ物など持っていない。



「ごめんね、なにも持ってないの」



 そう言って、指を子狐のお口に近づけた。すると子狐ちゃんは何を思ったか私の指をパクっと噛んだ。


「いたっ」


 軽い痛みを感じ、思わず一瞬目をつむる。

 一瞬夢の中で意識が飛んだような感覚がした。




 そして……次に目を開いたとき、紗夜の前には信じられないような光景が広がっていた。

聞こえるのは生徒たちの大歓声。


「二人とも凄かったぞー!」

「流石は名門生まれの二人だぜ!」

「紗夜ちゃーん! こっち向いてー」


まったく意味が分からない。

キョトンとする私の顔を覗き込むのは朝日春香、その人だった。


「約束は約束よ紗夜さん。 朝日家の名にかけて、私は今日からあなたのお友達になりますわ」

「ほぇぇ?」


 こちらをまっすぐ見つめる朝日春香の目。そして驚きとも羨望ともとれる他の生徒たちの視線。

そんな慣れない状況の中、紗夜は久しぶりになんの警戒心もない顔で声を漏らした。

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